開業一般

クリニックの継承開業は得なのか|開業時の負担の軽さと自由度のトレードオフ

クリニックの開業には、ゼロから新しく立ち上げる新規開業だけでなく、既存のクリニックを引き継ぐ「継承開業」という選択肢もあります。最も身近な例としては、ご両親が開業医をされていて、そのクリニックを引き継ぐというケースがあります。一方で、近年は後継者がいないことを理由に、親族以外の医師へクリニックを譲渡するというケースもあるようです。後継者不足はさまざまな業界で問題になっていますが、医療業界も例外ではありません。

継承開業の大きなメリットは、初期投資を抑えられることと、すでに患者さんがいるため、経営の立ち上がりが比較的安定しやすいことです。一方で、既存のスタッフとの関係、患者さんとの関係、以前の院長の診療方針など、引き継がなければならないものも少なくありません。自分のクリニックとして開業するにもかかわらず、必ずしも自由に運営できるわけではないという難しさがあります。

私は継承開業を経験したことがなく、ゼロからクリニックを立ち上げた立場なので、今回はあくまで自分自身の開業経験や、周囲で見聞きした事例を踏まえた考察になります。その点はご理解いただいた上で、継承開業のメリットとデメリットについて考えてみたいと思います。

実家や親族のクリニックを引き継ぐ場合

継承開業で最もイメージしやすいのは、ご両親や親族が経営しているクリニックを引き継ぐケースです。特に親御さんが開業医をされている場合、ある程度の年齢になったところで、子どもである医師が診療を引き継ぐという形は以前からあります。この場合の大きなメリットは、初期費用を非常に抑えられる可能性があることに加えて、親族間であるため、診療方針や経営の引き継ぎについて意思疎通を図りやすいことではないでしょうか。

例えば、いきなり院長を完全に交代するのではなく、最初は週に何回か親御さんと一緒に診療し、徐々に自分が主体となっていく方法も考えられます。親御さんが完全に引退するまでの間、並行して外来を担当することができれば、患者さんにとっても新しい院長に慣れる時間ができますし、継承する側にとっても、診療や経営の仕組みを理解しながら移行できるという利点があります。

また、個人的には、すでにクリニックとしての仕組みが完成していることが非常に大きいと考えています。建物や内装、医療機器がそろっていて、受付スタッフや看護師もすでに勤務しており、日々の診療が問題なく回っているのであれば、継承する医師はまず診療に集中することができます。極端な話、診療業務だけを見れば、勤務医として病院で働いている状態とそれほど変わらない形でスタートできるケースもあるのではないでしょうか。経営者としての責任は別にありますが、少なくとも診療環境を一から整える必要がないというのは、非常に大きなメリットです。

継承開業の最大のメリットは「開業時の変数」を減らせること

私自身が継承開業を考えたとき、最も魅力的だと感じるのは、初期費用が抑えられることもそうですが、開業直後の負担を大幅に減らせるという点です。私はゼロからクリニックを立ち上げましたが、開業当初は患者さんが1日に1人、2人ということも珍しくありませんでした。設備や内装を整え、スタッフの採用や診療体制を決め、各種の事務手続きを進めながら、さらに患者さんにも来てもらわなければならないわけです。診療そのものに加えて、経営が軌道に乗るまでの不安も非常に大きいものでした。

開業に伴うストレスの最大の原因は、私は「変数が多すぎること」だと考えています。何を決めればよいのか、どこから手をつければよいのか、何が正解なのかも分からない中で、設備、スタッフ、診療内容、予約方法、会計、患者数、収益など、あらゆるものが同時に動いています。しかも、その一つひとつが互いに影響するため、何かを変更すると別の部分にも影響が出てきます。開業したことのない状態で、これだけ多くのことを同時に処理しなければならないというのは、想像以上に大きな負担でした。

その点、継承開業であれば、すでに患者さんが一定数いて、スタッフもそろい、診療の仕組みも完成しています。新しくスタッフを採用する必要がなければ、人材採用に伴う負担が減りますし、内装工事や医療機器の選定、業務フローの構築などについても、最初からすべて決める必要はありません。患者数や収益についても、過去の実績があるため、ゼロから立ち上げる場合より見通しを立てやすいでしょう。継承に伴う問題はありますが、少なくとも開業時に動く変数を大幅に減らせます。

そして、私が特に良いと感じるのは、このようにある程度の条件が固定された状態で、開業医としての仕事に慣れることができる点です。開業医としての経験がない状態で、経営、診療、事務手続き、患者さんの獲得などを同時に始めるのと、すでに完成している仕組みの中で少しずつ経営に慣れていくのとでは、精神的な負担がかなり違います。最初の立ち上がりを支えてくれる仕組みがあるというのは、それだけでも大きな価値があります。

さらに言えば、継承したクリニックで開業医としての経験を積んだ後、将来的に別の場所で自分のクリニックを新しく立ち上げるという選択肢も考えられます。その時点では、開業医の仕事がどのようなものか、何に注意すべきか、どのような設備や仕組みが必要なのかを、すでに経験として理解しているわけです。全くの未経験で新規開業する場合とは、準備の負担も判断の難しさも大きく異なります。そう考えると、継承開業によって最初の変数を減らせるというメリットは、単純な初期投資の削減以上に大きいのかもしれません。

親族以外の医師からクリニックを引き継ぐ場合

最近では、ご実家や親族のクリニックではなく、全く別の医師が経営していたクリニックを引き継ぐというケースもあります。例えば、長年診療を続けてきた院長が高齢になり、引退を考えているものの、クリニックを完全に閉院してしまうのではなく、別の医師に引き継いでもらいたいと希望するような場合です。患者さんやスタッフ、医療機器などを含めて事業を引き継ぐ形であり、いわゆるクリニックのM&Aとして扱われることもあります。

このような第三者への継承でも、前述したメリットは基本的に同じです。既存のスタッフや患者さんを引き継ぐことができれば、開業直後から一定の診療体制を維持できますし、場合によっては以前の院長にしばらく診療を続けてもらうこともできます。最初は新旧の院長が並行して診療し、以前の院長には週1回、2回程度の外来を残してもらいながら、徐々に新しい院長へ移行していくという形も考えられます。実際、近隣でもそのような形で継承を進めているクリニックを見かけます。

こうした方法であれば、患者さんにとっても突然院長が変わるわけではなく、一定の移行期間を設けることができます。継承する側としても、以前の院長から患者さんの特徴やクリニックの運営方法を直接教えてもらえるので、比較的スムーズに診療を始められるのではないでしょうか。やはり、立ち上がりの良さというのは、新規開業にはない大きな魅力です。

継承開業でも意外にお金がかかる

ただし、継承開業だからといって、必ずしも初期費用が安く済むとは限りません。特に親族以外の医師から事業を譲り受ける場合には、建物や医療機器などの価値だけでなく、既存の患者さんや経営基盤に対する、いわゆる「のれん代」が発生します。すでに安定した収益が出ているクリニックであれば、その分だけ譲渡価格も高くなります。

例えば、年間売上が5,000万円で、年間の利益が2,500万円出ているクリニックがあったとします。のれん代は利益の何年分という形で見積もられることが多く、慣習的には1〜5年分程度、一般的な診療科では1〜2年分程度が目安とされています。仮に1年分としても、のれん代だけで2,500万円です。実際の譲渡価格には、これに医療機器や内装などの資産の価値が加わるので、決して安い金額ではありません。のれん代の年数も譲渡価格も、診療科や収益性、設備、立地などによって大きく変わります。

また、第三者への継承では、医師同士が直接契約するのではなく、M&Aの仲介会社などが間に入ることもあります。その場合には、譲渡価格とは別に仲介手数料がかかります。クリニック専門の仲介会社では、成功報酬を譲渡価格の10〜12%程度とし、さらに300万〜500万円程度の最低報酬額を設けていることが多いようです。一般企業向けのM&A仲介会社では、最低報酬額が1,500万〜2,000万円程度に設定されていることもあります。仮に譲渡価格が2,500万円の案件であれば、10%なら250万円ですが、最低報酬額が500万円であれば実際の手数料は500万円になり、譲渡価格の20%に当たります。案件の規模が小さいほど、手数料の割合が重くなるわけです。手数料を売り手と買い手のどちらがどれだけ負担するかは契約によって異なるため、個別に確認する必要があります。

こうして考えると、初期投資を抑えられるといっても、実際には相当な資金が必要になるケースがあることが分かります。小規模なクリニックをゼロから新規開業する場合と、初期費用だけを比較すれば、それほど変わらないこともあるかもしれません。一方で、同じ規模で、同じ患者数や収益基盤を持つクリニックを新規に立ち上げようとすれば、さらに大きな費用や時間がかかります。そのため、単純に継承が割高だというわけではありませんが、「継承なら安く開業できる」と考えすぎない方がよいでしょう。

ほとんど費用をかけずに継承できる案件もあるのか

一方で、非常に条件の良い継承案件が存在する可能性もあります。例えば、高齢の院長が引退する際に、金銭的な利益を得ることよりも、長年続けてきたクリニックを誰かに引き継いでほしいと考えているような場合です。ご自身が診療をやめた後も、地域の患者さんが引き続き通える場所を残したいという思いから、譲渡価格をかなり低く、もしくはほぼただ同然で設定するケースも稀にあります。

クリニックを完全に閉院するとなると、内装の解体や原状回復にも費用がかかります。そのため、例えば原状回復にかかる費用を引き継ぐ側が負担することを条件に、のれん代をほとんど請求しないという話があれば、条件次第では非常に魅力的です。あるいは、賃貸物件の保証金や敷金に相当する部分を引き継ぐ程度で、その他の譲渡費用はほぼ発生しないというケースがあれば、初期費用を大きく抑えられます。

ただ、こうした案件は非常にレアで、巡り合うことがかなり困難です。知り合いの医師から直接譲り受けるような、個人的なつながりの中で成立することも多いのではないでしょうか。以前ご紹介した開業医のオンラインサロンでも、金銭的な条件より、引き継いでくれる医師とのご縁を重視しているような継承案件を見かけたことがあります。希望する地域でそのような案件に出会えれば、非常に恵まれた機会になります。

継承開業の最大のデメリットは自由度が低いこと

ここまで継承開業のメリットを中心に考えてきましたが、私が最も気になるのは、既存のクリニックを引き継ぐことによって、経営の自由度が制限される可能性があるという点です。完全に閉院しているクリニックの建物や設備だけを引き継ぎ、内装を改修して新しく開業するような場合であれば、比較的自由に診療体制を構築できます。しかし、既存の患者さんやスタッフ、診療体制をそのまま引き継ぐ場合には、そう簡単にはいきません。

これは継承開業のメリットと表裏一体の関係にあります。すでに経営が安定しているからこそ、患者さんもいて、スタッフもそろっており、診療の仕組みが完成しています。一方で、その仕組みを大きく変えようとすると、これまでのやり方に慣れている人たちから反対される可能性が高いです。いわゆる古株のスタッフが経営の重要な部分を担っている場合は、その人の意見をないがしろにするわけにもいきません。場合によっては、院長に近いほどの発言力を現場で持っていることも珍しくありません。継承によって得られる安定性が、そのまま変化の難しさにつながってしまうということです。

特に、自分の理想とするクリニックの形がはっきりしている先生の場合には、注意が必要です。例えば、新しいITシステムを積極的に導入したい、診療の効率化を徹底したい、従来とは異なる診療体制にしたいと考えている場合、既存のスタッフとの間で意見が合わないこともあるでしょう。これまで問題なく運営してきた仕組みを、新しい院長になったからといって一方的に変更するのは、想像以上に難しいのではないかと思います。

既存のスタッフや患者さんとの関係をどうするか

特に難しいと感じるのは、既存のスタッフとの関係です。例えば、これまで電話で予約を受け付けていたクリニックを、完全Web予約に変更したいと考えた場合です。あるいは、紙を使った業務が非常に多いクリニックで、書類の電子化や業務の自動化を進めたいという場合もあります。新しく開業するのであれば、最初から自分の方針に合わせてシステムを選定し、スタッフを採用することもできますが、継承の場合には、すでに別のやり方で働いてきたスタッフがいるわけです。

従来のやり方で問題なく診療が回っていたのであれば、スタッフからすれば、なぜ今になってわざわざ新しい方法に変えなければならないのかという疑問も出てくるでしょう。こちらとしては業務を効率化したいと考えていても、現場のスタッフにとっては新しいシステムを覚える負担が増えるだけに感じられるかもしれません。そこで意見が対立してしまい、最悪の場合にはスタッフが退職してしまうことも考えられます。せっかく既存の人員を引き継げることが継承のメリットだったにもかかわらず、それが失われてしまっては本末転倒です。

また、退職に至らなかったとしても、スタッフの協力が十分に得られなければ、業務改革はなかなか進みません。以前の院長のやり方に慣れているスタッフと、新しい院長が目指す診療方針との間で、どのように折り合いをつけていくかという問題です。このような話はクリニックに限らず、一般企業の買収や事業承継でも共通する課題です。既存の組織や文化を引き継ぎながら、どのように自分の方針を反映していくかというのは、非常に難しい問題ではないでしょうか。

患者さんとの関係についても同じことが言えます。以前の院長の診療方針に慣れている患者さんからすれば、「前の先生はこうしてくれた」「今まではこのように対応してもらっていた」という要望が出てくることもあるでしょう。すべての要望に応じる必要はないのですが、既存の患者さんを引き継ぐということは、それまでのクリニックに対する期待もある程度引き継ぐということです。診療方針を大きく変更する場合には、患者さんへの説明や理解を得るための時間も必要になるでしょう。既存のスタッフや患者さんを引き継げるというメリットが、必ずしもそのまま経営のしやすさにつながるわけではないという点は、意識しておいた方がよいと思います。

自由を求めて開業する先生には向かない可能性もある

そもそも、開業医になりたいと考える先生の中には、自分の裁量で診療や経営を行いたいという方も多いのではないでしょうか。勤務医として働いていると、診療時間や休暇、診療方針などについて、自分の判断だけでは決められないことが少なくありません。開業することで、そのような制約から離れ、自分の理想とする働き方や診療体制を作りたいと考える先生もいると思います。私自身も、開業医としての自由度には大きな価値があると感じています。

ところが、継承開業によって既存の仕組みや人間関係を引き継ぎ、その結果として自由に経営できなくなってしまうのであれば、開業した目的そのものが薄れてしまう可能性があります。特に、お金を稼ぐこと以上に、自分の時間を確保したい、自分の判断で休診日や診療時間を決めたい、好きなようにクリニックを運営したいと考えている先生にとっては、かなり大きなデメリットになるのではないでしょうか。

これは継承開業に限った話ではありません。例えば、新規開業であっても、門前薬局が開業を支援する形でコンサルティングや仲介に関与している場合には、契約や相互の経営上の事情によって、診療時間などの変更に一定の制約が生じる可能性があります。薬局側も、クリニックが継続的に診療を行うことを前提として出店しているため、突然診療時間を大幅に短縮したり、1か月間休診したりするようなことがあれば、薬局の経営への影響は避けられません。実際にどのような義務が生じるかは個別の契約内容によりますが、診療時間の変更について事前協議や通知が必要になるなど、自由な判断が難しくなる可能性は考えられます。

このように、クリニックの経営には、他者との関係によって自由度が制限される場面があります。継承開業では、それが最初から既存のスタッフや患者さん、前院長との関係という形で存在しているわけです。初期費用を抑えられ、経営が安定しやすいというメリットは非常に魅力的ですが、その代わりに自分の裁量をどこまで確保できるのかという点は、慎重に考える必要があります。

まとめ|継承開業は安定性と自由度のトレードオフ

継承開業には、初期投資を抑えられること、既存の患者さんやスタッフを引き継げること、開業直後から一定の収益を見込みやすいことなど、多くのメリットがあります。特に私自身がゼロからクリニックを立ち上げた経験からすると、開業当初に動く変数を減らせるという点は、非常に大きな魅力です。開業時には本当に多くのことを同時に決めなければならないため、その負担を減らせることには、金銭面以上の価値があります。

一方で、親族から引き継ぐ場合でも、第三者から譲り受ける場合でも、既存の仕組みや人間関係を引き継ぐことによる制約は避けて通れない可能性があります。また、第三者からの継承では、のれん代や仲介手数料などによって、思った以上に多くの資金が必要になることもあるでしょう。特に、自分の理想とする診療体制を一から作りたい先生や、自由な働き方を求めて開業する先生にとっては、既存のクリニックを引き継ぐことが必ずしも最適とは限りません。

結局のところ、継承開業の大きなメリットである安定性と、デメリットである自由度の低さは、表裏一体なのだと思います。すでに完成している仕組みを引き継ぐからこそ、開業直後の負担を減らせる一方で、その仕組みを自由に変更することは難しくなります。継承開業を検討する際には、初期費用や収益性だけでなく、自分がそもそも何のために開業したいのか、そしてどこまで自分の裁量でクリニックを運営したいのかという点を、十分に考えておくことが大切なのではないでしょうか。

Private Consultation

この記事のような運営を、実際の診療所で見てみませんか

電子カルテからレセプト、会計までの流れをお見せしながら、2時間、ご質問にお答えします。業者の紹介・キックバックはありません。

相談の内容と申し込み 11万円(税込・2時間)
About the author この記事を書いた人:小さな内科診療所の院長 COVID-19 が2類感染症だった時期に、住宅街で小さな内科クリニックを開業(ミニマム開業)。電子カルテもレセプトも自分で回しています。開業前の転職経験から、医師転職のサイトも運営しています。 このサイトについて →