医者という職業は、コミュニケーション能力というのがいろんな場面で言われると思います。昔ながらの先生だと、あんまり正直コミュ力がなくてもなんとかなっていたところがあったと思うんですが、現代の医者はやっぱり説明責任だったり丁寧な対応が求められていて、その分大変だなと思います。

そして開業医になると、さらにコミュニケーション能力というのは医師としてだけでなく、独立した経営者としても求められる場面が増えてきます。今回は、その「開業医としてのコミュニケーション」について考えてみたいと思います。

コミュニケーション能力という曖昧さ

「コミュニケーション能力」という言葉は、すごく曖昧で、私はあんまり好きな言葉ではありません。ですが、他に表現するものがないので、ここではあえてこの言葉を使います。

クリニックを開くとなると、まず業者さんとのやり取りがあり、開業後は患者さんとの対応があります。さらに近所づきあいも出てくる。つまり「独立した商売人としてのコミュニケーション能力」が必要になってきます。

私は自力で情報を集めて役所とやり取りしたり、コンサルを通さずに開業を進めたりしてきました。またこういうサイトを立ち上げていることから「コミュニケーションが得意なんじゃないか」と思われる先生も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。しかし私は人とのコミュニケーションは得意ではなく、どちらかと言えば苦手です。患者さんと診察室で話すのは問題ないのですが、業者さんなどの知らない人との会話はかなり苦手な部類に入ります。

相見積もりなど、避けられないやり取り

しかし独立しようとすると、嫌でも人と関わらなければなりません。お金が絡むので甘いことも言っていられません。自分の生活、家族の生活がかかっている以上、厳しいやり取りや駆け引き、腹の探り合いをしながら交渉していかなければならないのが現実です。

最初の大きなハードルが「相見積もり」でした。3〜4社に声をかけると、当然選ばれるのは1社だけで、他は時間をかけても無駄になってしまう。それが「悪いな」と思ってしまうんです。依頼しておきながら落とすのは気が引ける。ただ、相見積もりを取らなければコストは跳ね上がり、商売として成立しない。結局やらざるを得ないのです。最初は本当に辛かったです。

コンサルなしで追い込まれたことの意味

独立しようとすると、勤務医のときのように「周りの人間がお膳立てしてくれる」環境はもうありません。すべて自分で動かなければならない。

もちろん、コンサル会社を通せば間に入って調整してくれますし、それが安心な方法だと思います。でも、私のようにお金がない医者は全部自分でやるしかない。しかも、やらなければいけないことは手探りだらけ。初めてのことばかりで、マニュアルもなく、どうすればいいか書いてない。結局、人に聞くしかなく、なりふり構っていられない状況になります。本当に「変数が多すぎる」というのが実感でした。

苦手意識が後回しになった

今振り返ると、コンサルがいなかったのは、私にとって結果的に良かったのかもしれません。やることが多すぎて、ストレスも大きすぎて、私が普段なら強く感じていた「人に声をかけるのが苦手」というストレスが後ろのほうに回ってしまったんです。

知らない人に話しかけたり、営業の人と交渉したりするのは、本来ならすごくしんどいタイプです。ところが、それ以上に「やるべきこと」「わからないこと」「決めなきゃいけないこと」が山ほどあって、もう嫌だなんて言っている余裕がなかった。

結果的に「コミュニケーションの苦手さ」を気にしている暇すらなく、必要なやり取りを重ねるしかなかった。今考えると、それが逆に良かったかと思います。結構ハードでしたが、その経験が強制的に私を成長させてくれたと感じています。

人とのやりとりには筋を通す

取引をお願いした業者さんや関係者に対して、もし最終的に選ばなかったとしても、私は必ず一報を入れ、お礼を述べるようにしていました。

もちろん、心のどこかでは「せっかく時間を割いてくれたのに申し訳ないな」という後ろめたさもありました。でもそれは、こちらがどうこうできることではありません。商売である以上、先方だって分かっていることです。だからこそ、自分ができるせめてもの誠意として「かならず礼を尽くす」ということを徹底していました。

これが結果的に何か得をしたかどうかは分かりません。ただ、「自分は礼を尽くした」という小さな安心感にはつながったと思います。

患者さんに対してのコミュニケーション

勤務医時代は、病院の看板があって患者さんが来てくれていました。病院の知名度、規模、設備。そうした背景があるから、患者さんは「私に」ではなく「その病院に」来ていたんだと思います。

でも開業医になると、それがなくなります。患者さんは病院の名前ではなく、「私自身」に会いに来てくれるのかどうか。それがすべてになります。

私は特別な経歴もなく、ただの町医者です。だからこそ「この先生だから通いたい」と思ってもらえるかどうかは、結局のところ人と人との関係性にかかっているのだと思います。

患者さんとのやりとりは、病気を治すことだけでなく「この人なら信頼できる」と思ってもらえるかどうか。結局そこがクリニックに通い続けてもらえるかの分かれ目になると感じています。

独立する前から人との関係を大事にしようと心がけてはいましたが、開業してからはより一層、その重みを実感するようになりました。

自分で抱え込まない判断も大切

少しコミュニケーションの話題から外れますが、開業してから強く意識するようになったのは**「自分ができることと、できないことをわきまえること」**です。

勤務医のときとは違い、クリニックには限られた設備しかありません。大きな病院のように何でも対応できるわけではないので、「これはうちでは対応が難しい」と判断したときには、ためらわずに専門病院や大きな医療機関へお願いするようにしています。

無理に抱え込んでしまうと、結果的に患者さんに不利益を与えてしまうことになりかねません。大事なのは、自分のクリニックでできることを誠実にやり、必要なときには適切なタイミングで紹介することだと思います。

患者さんにとって一番良い選択を考える——それもまた、開業医に求められる大切な姿勢のひとつではないかと思います。