以前、小さいクリニック、いわゆるミニマム開業のメリットについてご紹介しましたが、今回はその話にも少しつながる内容です。当院は良くも悪くも、あまり人がいません。スタッフも少なく、受付は基本的に1人で、いつも同じスタッフです。また、完全予約制にしているため、患者さんが待合室に何人も並んで待っているという状況も、基本的にはありません。前後の患者さんが少しすれ違うことはありますが、多くても待合室にもう1人いる程度で、ほとんど他の患者さんと会わずに受診できることも珍しくありません。
先日、そのことをあらためて考えさせられる、少し印象に残った出来事がありました。「ここはあまり人がいないから大丈夫だよ」とお母さんに言われて、受診してくれた男の子がいたのです。今回は、その出来事から感じたことについて書いてみようと思います。
人が多い医療機関が苦手な人もいる
世の中には、人と接触することや、人が多い場所に行くことを苦手に感じる方が一定数いるようです。医療機関というと、どうしても「人が多い場所」というイメージがあります。特にインフルエンザなどが流行する時期には、従来型のクリニックでは待合室の椅子が埋まり、場合によっては患者さんが外まで待っているような光景を見ることもあります。当院でも、感染症の流行期などには多少予約が詰まり、普段より待合室に患者さんが重なることはありますが、それでも一般的なクリニックと比較すると、患者さん同士が同じ空間にいる時間はかなり少ないと思います。閑散期であれば、受付から診察、会計まで、他の患者さんとほとんど会わないまま帰られることもありますし、比較的混んでいる時間帯でも、帰り際に次の患者さんと少しすれ違う程度で済むことが少なくありません。
さらに当院では、デジスマを利用してオンライン決済ができるようにしています。あらかじめ登録している患者さんであれば、診察後に会計を待つ必要もありません。診察室で処方箋を受け取れば、そのまま帰ることができます。そう考えると、当院で一番長く接触する相手は、受付スタッフでも他の患者さんでもなく、診察をする私自身ということになります。
「ここなら人が少ないから大丈夫」
冒頭の男の子のご家族は、以前からご家族で当院を利用してくださっており、当院の雰囲気や診療の流れをよく分かってくださっている方でした。詳しい事情までは分かりませんが、そのお子さんは、人が多い場所に行くことに少し抵抗があったようです。それでもご家族から「ここならあまり人に会わないから大丈夫」と聞いて、それなら受診してみようと思ってくれたのではないかと思います。
私としては、この出来事がかなり印象に残りました。クリニック経営という観点だけで考えれば、「患者さんが少ない」「待合室に人がいない」というのは、普通は決して褒められることではありません。しかし、その特徴があるからこそ受診してくれる患者さんもいるのだということに、このときあらためて気づかされました。
保険診療は基本的に患者数を見なければ成り立ちにくい
本来、保険診療のクリニック経営では、予約枠をあまり詰めず、待合室にも患者さんがほとんどいないという運営は、経営戦略としてはあまり合理的ではありません。保険診療は、1人あたりの診療単価がそれほど高くないからです。もちろん、内視鏡検査など比較的単価の高い検査を多数行うクリニックや、さまざまな検査機器を保有している医療機関では事情が異なります。しかし、一般的な内科外来を中心に診療している場合には、ある程度の患者数を診なければ売上を確保できません。
当院の場合、検査機器をほとんど持っていないこともあり、患者さん1人あたりの診療単価は、平均するとおおむね5,000円弱くらいに落ち着いています。特に検査などを行わず、診察をして通常の処方を行った程度であれば、初診でもだいたい4,000円前後、再診では2,000円前後に落ち着くことが多いです。もちろん、検査や各種判断料、管理料などが加われば診療内容によってかなり変わりますが、それでも1人の患者さんから何万円もの売上が上がるようなビジネスではありません。そこからテナント代、人件費、システム利用料、医療機器の費用、消耗品費などを支払い、さらに最終的には税金を払い、自分自身の生活費も捻出しなければならないため、通常はある程度の患者数を診療しなければ経営が成り立ちにくい構造になっています。
特にある程度の規模のクリニックでは、その分固定費も大きくなります。一方で、診察室やスタッフ数が多ければ診療できる患者数も増えますし、検査機器を導入すれば患者単価を上げることもできます。そのため一概には比較できませんが、保険診療が基本的に「ある程度の数を診ること」を前提としたビジネスであること自体は変わらないと思います。
ミニマム開業だから、患者数を追いすぎなくても済む
一方、当院のようなミニマム開業では、そもそもの考え方が少し違います。テナント代、スタッフの人件費、医療機器のリース料や保守費用など、固定費をできるだけ小さくしています。そのため、一般的なクリニックと比較すれば、必要な売上もかなり小さくすることができます。もちろん、患者さんがまったく来なくても経営できるわけではありません。しかし、固定費が小さい分、「毎日ものすごい人数の患者さんを診なければすぐに赤字になる」という状況にはなりにくくなります。ある程度の患者さんを診療できれば、少なくともクリニックを維持しながら生活していくことはできます。
逆に言えば、当院はそれほど多くの患者さんを一度に診療することもできません。スタッフも診察室も少ないため、患者さんが大量に来ても、そもそも対応するキャパシティがありません。そのため、予約を何重にも詰め込まず、一人ひとりある程度余裕を持って診療する形になります。その結果として、いつ行ってもそれほど人が多くなく、患者さん同士があまり接触しないクリニックになるわけです。
弱みに見えるものが、そのまま強みになることもある
一般的にミニマム開業というと、「規模が小さい」「経営基盤が弱い」「できる検査や処置が少ない」といったデメリットが強調されやすいと思います。確かにその通りの部分もあります。当院もレントゲンやエコーなどの大型の検査機器はありませんし、自院で対応できないことも少なくありません。必要があれば病院や専門医へ紹介します。その意味では、大規模なクリニックと比較して提供できる医療には限界があります。
ただ、今回の出来事を通じて、一般的には弱点と思われるものが、そのまま強みになることもあるのだと思いました。患者さんで混雑していない。スタッフも多くない。知らない人とほとんど会わない。待合室で長時間待つ必要もない。普通のクリニック経営であれば、「もっと患者さんを増やさなければ」「もっと予約を埋めなければ」と考えるところですが、その環境そのものを気に入って受診してくださる患者さんもいるのです。
「流行っていないクリニック」と言うと少し語弊がありますし、あまり自分でそう言うのもどうかとは思うのですが、実際には、人があまりいないからこそ来てくださっている患者さんもいるのだと思います。もちろん、患者さんが少ないこと自体を目指しているわけではありません。ただ、患者数を最大化することだけを考えて予約を限界まで詰め込んでしまえば、今回の男の子のような患者さんにとっては、かえって受診しづらいクリニックになってしまう可能性があります。
そう考えると、世の中に必要なのは、必ずしも患者さんで常に混雑しているクリニックだけではないのかもしれません。「あまり人に会いたくない」「混雑した場所が苦手」「静かな環境で受診したい」という方にとっては、当院のようなクリニックにも一定の役割があるのだと思います。患者さんが少ないこと自体は経営的には決して喜ばしいことではありませんが、その状態だからこそ救える需要もある。今回の出来事では、そこが自分としてはかなり印象に残りました。
これは以前書いた「できないことには手を出さない」という話にもつながります。当院では、自院ですべてを完結しようとはせず、できることをある程度絞っています。必要な患者さんは専門医や病院へ紹介する。その代わり、自分たちが対応できる範囲については、なるべくシンプルな仕組みで運営しています。そうした結果として生まれた「人が少ない」「混雑していない」という特徴まで含めて、当院らしさになっているのかもしれません。
「患者数を増やす」以外の方向から経営を考える
保険診療が薄利多売になりやすいのであれば、普通は「もっと患者さんを診る」という方向で経営を考えます。しかし、もう一つ方法があります。それは、必要な売上そのものを小さくすることです。固定費をできるだけ減らし、余計な設備を持たず、人件費も必要最小限にする。そうすれば、大量の患者さんを診なくても経営できる可能性があります。
患者数がそれほど多くなくても成立する構造にしてしまえば、結果として待合室も混雑しません。そして、その環境を好む患者さんが来てくださる。ある意味では、他のクリニックが取りこぼしている需要を拾っているとも考えられます。当院が意外にしぶとく続いている理由の一つは、もしかするとこういうところにあるのかもしれません。もちろん、経営は一つの変数が変われば状況が大きく変わりますので、現在の方法が今後もずっと成立する保証はありません。ただ、少なくとも今のところは、この小さな形でなんとか運営を続けることができています。
なぜ「あのクリニックは潰れないのだろう」と思われるのか
少し話はそれますが、近隣の医療機関から見れば、当院は「どうして潰れないのだろう」と思われているのではないかと思うことがあります。待合室に患者さんがあふれているわけでもなく、検査を大量に行っているわけでもありません。それでも開業から数年、なんとか残っています。そのからくりは、単純に固定費をできるだけ削っているからです。
自分でできることはできるだけ自分で行っています。税理士との契約も終了し、会計や税務関係の作業もできる範囲で自分で行っています。社会保険や労務関係の手続きも自分で行いますし、行政への各種届出、レセプト関連の作業なども院長である私が対応しています。診療が終われば掃除もしますし、年末には自分で床にワックスをかけています。外から見れば、まさか院長がそこまでやっているとは思われないでしょう。それが良いことなのかどうかは分かりませんが、そうすることで外注費や人件費を抑え、固定費を小さくしているからこそ、患者数がそれほど多くなくても何とか成り立っているという面はあります。
小さいからこそ潰れにくい面もある
最近は、かなり規模の大きな医療法人や、外から見れば経営が盤石に見えるような医療機関でも、経営破綻するニュースを目にすることがあります。規模が大きくなれば売上も大きくなりますが、それと同時に人件費、設備費、借入金なども大きくなります。何か一つ予定が狂ったときの影響も、その分大きくなるのだと思います。
その点、ミニマム開業は、大きく事業を拡大して大成功するような形にはあまり向いていません。一方で、借入金と固定費を小さくし、院長自身がマルチプレイヤーとして動けるのであれば、意外と潰れにくい形態なのではないかと最近は感じています。売上が大きくなくても、出ていくお金も小さい。この構造は、思っていた以上に強いのかもしれません。
人が少ないクリニックにも役割はあるのかもしれない
最初の男の子の話から、ずいぶん経営の話まで広がってしまいました。ただ、今回一番印象に残ったのは、「人が少ないからこのクリニックなら行ける」と思ってくれる患者さんが実際にいたということです。患者さんをたくさん診療することは、保険診療のクリニック経営では非常に重要です。しかし、すべてのクリニックが同じように患者数を最大化する必要があるわけでもないのかもしれません。
大きな病院、大規模なクリニック、専門性の高いクリニック、そして当院のような小さなクリニック。それぞれに役割があります。当院のように、あまり人が多くなく、他の患者さんとの接触も少なく、診察が終わればオンライン決済ですぐに帰れる。そういう環境だからこそ来てくださる患者さんもいる。一見すると弱みに見える特徴でも、見方を変えれば、誰かにとっては価値になります。
「ここはあまり人がいないから大丈夫だよ」。今回、その一言で受診してくれた男の子を見て、ミニマム開業にも、こういう形で社会に必要とされる余地があるのかもしれないと、少し思いました。
