個人クリニックには、設備やマンパワーの関係で、どうしてもできる仕事に限りがあります。また近隣医療機関の状況によっては、頑張って抱え込むよりも、はじめから他の医療機関に行ってもらった方が、お互いに幸せになれることもあります。今回は敢えてやらないことを明確にして、業務を絞るという視点で考えていこうと思います。
最初はやってみないとわからない
クリニックを始める前は、様々なことを心配し、あらゆることに備えなければならない気持ちでおりましたが、実際ほとんどのことは杞憂に終わりました。そして出来ると思っていたことが、思ったより手が回らなかったり、おまけ程度に考えていたことに需要があったりと、正直開けてみなければわからないことも多かったです。
私の例でいえば、当初はおまけ程度に考えていた発熱外来が、収益の大半を占めることになりましたし、高額な設備投資をした自動精算機は、デジスマの機能改善で思った以上に使わなかったりと、予想できないことが起こりました。特にIT関連の進歩は急速な勢いで進むので、最新の機器やシステムを入れても数年で古くなってしまいます。
正直やってみないとわからないことの方が多いと思います。他の先生や先輩の話を聞いたとしても、地域性や患者層で、全くことなる戦略が必要なケースもあります。極論、先生のクリニックについては、先生がやってみないとわからないというのが正解だと思います。
私も手探りで始めた
もちろん事前に対策を考えることは大切です。しかし私の経験を申し上げますと、あらゆる備えをするよりも、まずは最小限の備えや設備で、徐々に必要なものを取り入れたり、増やしていく、そして不要なものはどんどん切っていく方向で良いかと思います。注意したいのが、過剰な備えをしてしまうことで、不要なものにお金を使いすぎてしまい、資金繰りが悪化することです。経営が傾いてしまうと、元も子もありません。
また最初に導入しないと面倒なもの、後で導入することが難しいものは、最初から用意する方がよいと思います。極端な話では、CTを後から導入することはほぼ不可能なわけです。具体例をひとつ挙げると、コンセントやLANケーブルは後で増設することもできますが、内装工事の際がもっとも簡単に、かつキレイにできます。私の経験から、コンセントやLANケーブルは思った以上に必要になります。そこまでコストも増えないので、初めから多めに作成することがオススメです。
開業すると、開業前には全く想定できないことが起こります。そしてその全てに備えることは不可能です。大切なことは、必要なものは適宜取り入れる柔軟さ、不要なもの、使用頻度が低いものは思い切って切っていく勇気だと思います。
受けない疾患を決める勇気
特にジェネラリストの場合、何でも屋になりがちですが、受けない疾患や、出さない薬を決めるとストレスが減ります。問題となりがちな例は、不眠症の患者さんで眠剤希望の場合です。他の病院で治療されていて、同じ薬を希望で来院されることがあります。私の経験ですが、精神科、心療内科でない場合は、眠剤、抗不安薬、向精神病薬は出さない方が無難であると思います。トラブルの元になるケースが多いです。他の生活習慣病がメインであって、弱めの眠剤を少量出すようなケースは許容されると思いますが、極力手を出さない方が無難です。
実際私も、他院の薬が切れるという理由で、短期間だけやむを得ず出したことがありますが、後に問題になりました。その患者さんは、薬が切れると言って、10件以上の医療機関を渡り歩き、眠剤を多量に処方してもらっていたようです。健康保険組合から通報が入ることで発覚しました。マイナンバーカードがもっと普及すれば、こういうことは徐々に無くなるのでしょうが、注意しなければならないと感じました。
また軽度の気分障害の患者さんを、当院でみたこともありましたが、結局お互いに良くないことになりました。これなら初めから専門医にご紹介し、当院では診ないというスタンスを明示するべきだったと反省しています。
その後、私は新規で心療内科、精神科領域の薬剤が必要な場合は、はじめから専門医の受診をお願いしています。最近はホームページ上で、「当院では睡眠薬、抗不安薬は出しません」と書く医療機関も増えました。おそらく当院のような経過で対策を取っているものと思われます。
業務を捨てる勇気
当院ではワクチンを扱っていません。正確には扱えていない状況です。当初COVID-19のワクチンから対応をする予定でしたが、行政が求める基準を満たすことが難しい状況で、当院では諦めました。またインフルワクチンも、初年度は卸さんから、どの程度供給できるかわからないと言われてしまいました。供給が不安定では、こちらも計画が立てられず、またマンパワー不足など当院の体制も考慮し、ワクチン全般は諦めることにしました。幸い近隣医療機関でワクチンを扱っているところは多く、逆に発熱外来は少ない状況なので、当院は発熱後の診療で貢献することで棲み分けています。
業務を減らすと、それに伴う準備する手間、在庫管理、発注などの業務がなくなります。開業医は放っておくと仕事が増える一方ですので、仕事を減らす工夫は大切です。あまり行なわない処置のために、機器を確保することは、経営の観点からすれば無駄になってしまいます。使用頻度が低いもの、業務負担と利益が釣り合わないもの、利益率が低いものなどは、切っていく勇気も必要です。
先生の集中力も、大切なリソースの一つです。無駄な業務をカットして、診療へのリソースを増やすことは患者さんの利益に繋がり、経営へのリソースを増やすことは先生の利益に繋がります。いい事ずくめです。
それではなれていく患者さんは仕方がない
いままで受けていた業務を止めたり、医療体制を変えたりすることで、離れていく患者さんもいらっしゃいます。それはそれで仕方がないことだと思います。患者さんは医療機関を選ぶ自由がありますから、患者さんにとって都合が良い医療機関に変えるのは当然です。
しかしそれでもいいのではないでしょうか?先生が本当はやりたくないこと、気が進まないことを頑張ってやるよりも、先生が得意なこと、心からやりたいことに集中して、それで開業医として成功する方が、先生の人生は充実したものになると思います。また確実にストレスが減ります。
先生がやめた業務を得意とする他の先生もいるはずです。逆に他の先生が不得意でも、先生にとっては得意な仕事もあるでしょう。お互い得意なことに集中した方がよっぽど幸せだと思います。
実際私も、完全予約制に移行したときや、診療時間を縮小したときは、一部の患者さんが離れていきました。それは仕方がないと割り切っています。
出ていけば、入ってくるものもある
しかし不思議なことに、離れていく患者さんがいる一方で、新たに入ってくる患者さんもいらっしゃいます。完全予約制に移行したことで、待ち時間が少ないとのことで見える患者さんが増えました。
また診療時間も当初は1日8時間から、1日5時間に大幅に短縮したにもかかわらず、思ったより売上は減りませんでした。もちろんこちらも予約枠を工夫したり、必要時は枠を拡張して延長したりと対応を重ねて、今も試行錯誤の日々ですが、思ったよりなんとかなるものだと感じています。案ずるより産むが易しとは、名言であると思います。
やりたくないことを捨てると、ストレスが減る。
業務を絞る、受けない仕事を決める、自分が気が進まない仕事は受けない、というスタンスで仕事をする最大のメリットは仕事のストレスが格段に減ることです。そもそも開業医のメリットの一つは、先生ご自身で好きなように決められることだと思います。にもかかわらず、先生がやりたくもない仕事を受けているのであればそれは、リスクを背負って開業したにも関わらず、開業医のメリットを活かしきれていないので、もったいないです。思い切って、やりたくない仕事、気が進まない仕事、負担にしかならない仕事は捨てることを検討してください。
影響を受けた本
今回ご紹介したことは、私が思いついたことではありません。診療所を開設して、1年弱経った頃、少しずつ慣れてきたものの、様々なストレスに悩まされ、経営に悩んでいるとき、ちょうど良いタイミングで読んだ上記の本が非常に参考になりました。売上を絞ったり、患者さんを選別したりすることは、一般的な経営ではご法度のように思われますが、状況によっては効果的な面もあると、実際の経験を通して感じています。先生もよろしければ参考にして下さい。