病院勤務時代と開業後の違い
血液検査をどのくらいの頻度で行うべきか――これは実際に開業してみると、意外と悩ましい問題です。
病院勤務の頃は、必要な検査を必要なだけ、あまり迷わずに実施していました。院内採血であればすぐに結果が出るので、検査をしてすぐに確認できるという利点も大きかったと思います。
しかし、自分で診療所を運営するようになると「どこまでやるのか」の判断が格段に難しくなります。経営面の事情や患者さんの負担、外注費用の上昇など、様々な要素を考えざるを得ないからです。
どのくらいの頻度が妥当か
もちろん、疾患や患者さんの状態によって必要な検査頻度は異なります。高齢の方で多くの薬を服用している場合には毎回のように検査が必要なケースもあります。
一方で、若くて高脂血症だけで、例えばロスバスタチン2.5mgを1錠服用して安定しているような方に、毎回のように採血をする必要があるのか――ここは悩むところです。
患者さんの中には「安心のためにできるだけ検査してほしい」という方もいますが、特に若い患者さんでは「できれば最小限にしてほしい」と希望される方が多いのも事実です。
私自身の実務では、状態が安定している方の場合、健診結果を年1回持参してもらい、当院で半年後にもう1回検査を行う。つまり年2回の結果を確認する形にしています。つまり安定していれば、当院での採血は年1回のみにとどめることもあります。
もちろん体調に変化があった場合や健診で異常が見つかった場合には、その都度必要な検査を追加します。
経営的な視点から見た採血
経営の面から見れば、検査を増やす方が有利に働く部分はあります。
検査自体の差額で大きな利益が出るわけではありませんが、判断料が入るため、一定の収入にはなります。
とはいえ「経営のために必要のない検査をすること」が本当に正しいのか、という問題があります。実際、検査を多くしすぎると患者さんに嫌がられるリスクもあります。
頻回の検査が離脱につながることも
実際に経験があります。
ある患者さんが「毎回のように採血されるのが嫌で仕方ない」と他院から移って来られました。状態は安定しており、毎回検査を行う必要は少なくとも医学的にはありませんでした。その方には健診と当院での検査を組み合わせて、年1回で十分だと説明したところ納得して通っていただけるようになりました。
医学的に必須ではない検査を繰り返すことは、患者さんの「痛み」や「負担」を無視してしまう危険があり、結果として患者さんが離れてしまう原因にもなり得ます。
コストの上昇と規制の厳格化
さらに現実的な問題として、外注検査費用が年々上昇しています。
以前は差益も収益になりましたが、今後はより厳しくなると思われます。
加えて、保険診療の規制も厳しくなっています。
「根拠の乏しいルーチン検査」は認められなくなり、必要性が明確でない採血は査定対象となるケースが増えている印象です。今後もこの流れは強まると考えられ、開業医としては制度の変化に敏感である必要があると感じます。
実務上の手間
私のクリニックでは看護師を置いていないため、採血はすべて自分で行います。診察室で事前にある程度準備しているので問題はありませんが、やはり診察だけの患者さんに比べて時間はかかります。
そのため、例えば生活習慣病の患者さん全員に毎回採血を行うというのは、現実的に難しい部分があります。
検査会社との関係
もうひとつ悩ましいのが検査会社との関係です。
外注検査会社としては「なるべく多く検体を出してほしい」というのが本音でしょう。検査数が少なすぎると「検査剥がし」が起きる可能性もあり、実際に月額の管理費用を請求されるケースも出てきています。当院も大手から検査剥がしにあった経験があります。(参考記事→外注検査の値上げ、検査剥がしについて)
こちらとしても無駄な検査は避けたいが、あまりに少なすぎると検査会社に切られてしまうリスクもある――このバランスは非常に難しいところです。
患者さんの立場に立って
そして最後に、私自身も「採血されるのは嫌」なんです。痛いですし、できれば避けたいと思います。だからこそ患者さんの気持ちもよくわかります。
もちろん医学的に必要な検査であれば納得できますが、必要性が薄いのに毎回同じ結果を確認するためだけに採血されるのは、患者の立場からすれば大きな負担です。
「自分が通いたくないようなクリニックは作りたくない」という思いがあるので、私は自然と「必要最小限の検査」に重きを置くようになっています。
紹介する場合はどうするか
診療所の規模では、どうしても設備的・構造的に診断をつけきれない患者さんというのは少なからずいらっしゃいます。しかしある程度当たりをつけて、基本的な検査をしてから紹介するのが普通だと思います。たとえば血算・生化学、糖尿病、甲状腺などのスクリーニングをしてからご紹介という流れは、実際によくあるやり方だと思います。
ただ、私自身は「これはどう考えても診療所レベルでは原因究明は難しいだろう」と明らかに感じるケースでは、あえてこちらで検査を加えず、最初から高次医療機関に紹介してしまうこともあります。
というのも、「どうせ紹介先でも同じ検査をされる」ことは目に見えているからです。私自身、病院勤務時代に経験しましたが、紹介状に検査結果が添付されていても、結局は「自院で一通りやり直す」ということはよくあります。また、他院の検査結果がスキャンデータで取り込まれていると電子カルテ上で非常に見づらい、という実務上の問題もあります。そうした理由から「これはやっても意味がない」と判断できる場合には、むしろ最初から大病院にお願いする方が合理的かと思っています。
もちろん、この判断が常に正しいかどうかはわかりません。ただ、患者さんに余計な採血をさせないことは負担軽減につながりますし、医療経済的にも無駄を省けるという意味では一理あるのではないか、と考えています。
