ご夫婦がともに医師で、二人で診療所を開業されるケースもあります。お互いを信頼できるパートナーとして支え合える点では、非常に心強い形ですし、役割分担もしやすいという大きな利点があります。

ただし、その一方で注意が必要な点もあります。ひとつは、どうしても開業規模が大きくなりやすいということです。医師が二人いることで、診察室を複数設けたり、処置室を拡充したりと、提供できる医療の幅が自然と広がります。その分だけ設備投資も増え、結果的に初期費用が膨らみやすくなります。

二人とも医師である場合、金融機関からの信用も高く、かなりの金額の融資を受けることが可能です。数億単位の資金が動くことも、決して珍しいことではなく、むしろ普通かと思います。これは一見、力強いスタートに見えますが、裏を返せば「お金ありきの開業」になってしまうリスクをはらんでいます。初期の勢いで大きな規模にしてしまい、採算の見通しが甘くなったり、思ったより患者さんが集まらなかった場合に、一気に経営が苦しくなるケースもあります。

さらに、どちらかが体調を崩したり、家庭の思わぬ事情等で現場に立てなくなった場合、経営への影響は非常に大きくなります。動かせるお金が大きいほど、ダメージもまた大きくなる。特に土地や建物を購入してしまっていると、簡単に動かすこともできず、「粘るか撤退か」という厳しい選択を迫られる状況にもなりかねません。

開業がうまくいき、患者が増えて借金を早期に返済し、安定運営に入る――そうなれば理想的です。しかし現実には、そう順調に進むケースばかりではありません。だからこそ、ご夫婦で開業を検討される場合は、「二人だからこそリスクも倍になる」という視点を忘れずに、冷静にシミュレーションを行うことが大切です。

開業には“お金の匂い”がつきまとう

独立開業というのは、たとえ医師としてキャリアを積んでいても、ほとんどの方にとって初めての経験です。特にご夫婦で開業される場合、動く金額はさらに大きくなります。二人とも医師であれば金融機関からの信用も高く、億単位の融資を受けることは現実的に可能です。

しかし、ここで注意しなければならないのが、「大きなお金が動くところには、必ず人が集まる」という点です。開業に伴って2億円、3億円と資金が動くような場面では、そこに“匂いを嗅ぎつける人たち”が必ず現れます。たとえば、開業コンサルタントの場合は、そのうちの10%を手数料として抜くだけでも2,000万〜3,000万円。それが数か月のコンサル報酬として転がり込むわけです。しかも彼らは、結果に対して責任を負うわけではありません。医師がすべてのリスクを背負い、周囲は安全圏から確実に利益を得る――この構図は、開業業界では普通のことです。

こうした実態を知ってしまうと、正直なところ「地道に診療を続けるよりも、開業コンサルをやったほうが儲かるのではないか」と思えてしまうほどです。それだけ、開業というのは“お金の動く舞台”であり、そこには必ず利益を狙う人が集まるのです。

私はもちろんそのようなビジネスをするつもりはありませんが、開業を検討される先生方には、この現実を知っておいていただきたいと思います。億単位の融資を受けて開業するということは、それだけ大きな責任とリスクを背負うということ。そして、医師が背負うリスクの裏で、誰かが確実に利益を得ているという構造を、冷静に意識しておくことが大切です。

開業の成功例の裏には、語られない失敗例もある

実際のところ、ご夫婦での開業がうまくいくケースももちろんあります。地域に根づいて患者さんが増え、安定した経営を続けておられる先生方も多くいらっしゃいます。

しかしその一方で、表に出てこない「うまくいかなかったケース」も少なくないのではないかと感じます。私の周りでも、思ったように患者さんが集まらず、借金を抱えたまま苦しい経営を続けている先生方が現実にいらっしゃいます。特に郊外や地方都市では、当初の見込みどおりに患者数を確保できないことも多いです。最初の数年は順調でも、地域全体の人口が減ってくると、あっという間に収益構造が崩れてしまうこともあります。

地方では人口構成の変化や交通アクセス、競合クリニックの新設といった、わずかな要素の変化が経営に大きな影響を与えることがあります。開業当初のシミュレーションでは順調に見えていても、現実は常に動いている。ひとつ変数がずれるだけで、計画全体が大きく崩れてしまうこともある――それが開業の怖いところだと思います

シミュレーションは「理想の条件」で作られている

開業を検討する際、多くの先生が参考にされる事業計画やシミュレーションは、往々にして“最もうまくいった場合”の数字で作られています。すべての変数が良い方向にかみ合い、患者数も順調に伸び、経費も想定どおりに収まる――そうした理想的な前提で描かれているケースが多いのです。

しかし、現実にはその通りにいくことはほとんどありません。良くも悪くも、予想外のことばかりが起きる。それが実際の開業です。トータルで見て「まあまあ想定の範囲内だった」と言えるくらいでちょうどいい。むしろそれくらいで済めば成功といってもいいと思います。

問題は、開業初期に想定外のトラブルが重なり、収益がなかなか上がらない状況が続いた場合です。資金が底をついてしまえば、経営はそこで終わります。たとえば「1年間耐えられれば軌道に乗る」計画だったとしても、もし8か月で資金が尽きてしまえば、そこでゲームオーバーです。その時点で追加融資を頼もうとしても、業績が悪化している状態では、金融機関はまず貸してくれません。

結果として、撤退を余儀なくされたり、自己破産に追い込まれたり、場合によっては資産を差し押さえられてしまうこともあります。特に数億単位の資金が動くような開業の場合、そのリスクとダメージは計り知れません。

開業は、最初に描いたシミュレーションが現実の姿ではないという前提に立つことが何より重要です。順調な数字の裏に、「予定より早く資金が尽きたらどうするか」「追加融資が得られなかった場合はどうするか」といった現実的なシナリオを、最初から組み込んでおく必要があります。

ご夫婦で非常勤を組み合わせるという、最も堅実な選択

ご夫婦がともに医師でいらっしゃる場合、「2人で診療所を開業するか」「それぞれが勤務を続けるか」という選択は、多くの方が一度は悩まれると思います。たしかに、夫婦で開業すれば支え合って運営できるという安心感もありますが、現実的には、現在の医療環境を考えると、勤務医の方が圧倒的に低リスクで、安定性の高い選択といえます。経済的な面を優先する場合も、開業に踏み切るよりも、戦略を練って転職活動を行い、高単価な非常勤勤務を組み合わせる方が、再現性高く成功できる可能性が高いと思います。

経済面で効率を重視する場合は、高単価の非常勤を複数組み合わせるのが最も合理的です。たとえば、訪問診療や自由診療の、日給10万円前後の勤務を週5日行えば、年間2,500万円の収入が現実的に見えてきます。もちろん体力的な負担はありますが、安定した勤務先を確保できれば、開業と比べてはるかに安定した収益を、しかも低リスクで得ることができます。

たとえば、上記のようにお一人あたり年間2,500万円の収入を得ているご夫婦であれば、世帯年収は5,000万円になります。税金で半分が差し引かれ、生活費としてさらに半分を使ったとしても、年間1,250万円が手元に残ります。それを10年間積み立てるだけで、元本で1億2,500万円。インデックスファンドや全世界株など、安定した投資先に分散して運用すれば、10年後には2億円近い資産を築くことも十分に現実的です。

これだけの蓄えがあれば、たとえ定年が近づいて非常勤の仕事が減ったとしても、大きな不安はありません。週5勤務が難しくなれば週4日、あるいは週3日に減らしてもよいわけです。勤務日数を減らせば税金の負担も軽くなり、可処分所得の割合はむしろ増えます。生活費を適切に管理しながら、晩年は積み立てた資産を取り崩して暮らすという穏やかな働き方も十分に可能です。

しかもこの方法の最大の利点は、開業に比べればリスクが小さいということです。借金も背負わず、経営の不確実性にも左右されず、生活の自由度と安定性を両立できる。これほど堅実で見通しの立つ選択肢は他にほとんどありません。

開業には夢や達成感といった側面もありますが、経済的・現実的な観点から見れば、ご夫婦で非常勤を組み合わせて働くという形は**「勝ちがほぼ確定している選択」**です。言い換えれば、今の時代においては、選ばないほうがむしろ損をするほど、安定性・自由度・再現性のバランスが取れた働き方で最適解の一つと考えられます。

マイクロ法人戦略

さらに、資産形成の視点を加えるなら、**資産管理会社(いわゆるマイクロ法人)**を設立する方法も考えられます。個人資産の一部を法人に移し、そこを通じて運用することで、税負担を抑えながら効率的に資産を増やすことができます。加えて、十分な資産を築いたうえでこのマイクロ法人を活用すれば、法人名義で住宅を借りる「借り上げ家賃」制度を導入することも視野に入ります。これにより、居住にかかる費用の大部分を経費として処理でき、住居コストを実質的に大幅削減することができます。生活の質を保ちながら固定費を下げる、現実的な戦略です。

マイクロ法人が手間が多く、万人向けする方法ではないことは、以前の記事にある通りです。(参考記事→開業医とマイクロ法人 マイクロ法人の活用)しかし事務作業はあるものの、開業医のそれに比べれば、負担が少ないです。開業を検討されるレベルの先生であれば、擬似的に開業医の事務作業を体験できます。マイクロ法人レベルの事務作業でも、やってみると、おそらく開業しなくて良かったと、思う可能性が高いと思います。しかしこちらは嫌になればいつでも辞められます。逃げられない開業医と比べて、心の負担が全然違います。

堅実さの裏にある「夢のなさ」、そして開業成功の爆発力

ただ、この非常勤を中心とした働き方は、ある意味では「夢がない」と感じられるかもしれません。堅実で再現性が高い分、計算上の結果がほぼ見えてしまう。努力を積み重ねれば、どの程度の資産が築けるか、どの時点で経済的な安定に到達するか、それがある程度読めてしまうという側面があります。

そういう意味では、「一発逆転」や「大成功」といったドラマは起きようがありません。もちろん、投資などでリスクを取って短期的な成功を狙うことも不可能ではありませんが、そこには相応の危険も伴います。安定を重視するなら、やはり慎重に距離を置くべき領域です。

一方で、もしご夫婦で開業し、それがうまくいった場合には、短期間で大きな資産を築く可能性があるのも事実です。立地・診療内容・集患戦略など、すべての要素がうまく噛み合えば、ほんの数年でものすごい収益を上げることも現実的にあり得ます。10年間しっかり軌道に乗せて経営できれば、勤務医では到底届かない規模の資産を築くことも可能でしょう。今までとは別のフェーズに移行できる可能性もあります。

つまり、非常勤戦略は「再現性高く、かなりの確率で勝てる方法」、開業は「成功すれば飛躍的に報われるが、失敗すれば大きな損失を被る博打」といえます。
安定を取るか、夢を取るか、どちらを選ぶかは先生の価値観次第だと思います。