電子カルテが完全無料で提供されるという驚きのニュースが届きました。GMOが新たに発表した「AIチャート by GMO」は、レセコン一体型のクラウド電子カルテで、2025年12月にリリース予定とされています。提供形態は“完全無料”をうたっており、これは医療業界においても極めて異例の動きです。今回は、この発表が持つ意味や今後の影響について考えてみたいと思います。

完全無料化の衝撃

まず注目すべきは、「基本機能を含めて無料」という点です。電子カルテ本体に加えて、予約システムなど周辺機能までを含めた基本的な部分が無料で提供されるとされています。もちろん、追加機能や拡張サービスについては今後有料化される可能性が高いと思われますが、それでもここまでの無料化は業界初といってよいでしょう。これまでにも“無料”をうたう電子カルテは存在しましたが、実際にはORCA連動の利用料など何らかの費用が発生していました。完全に無料というのは、ほぼ前例がありません。M3をはじめとした既存の大手が占める市場に対して、GMOが本気でシェアを取りにきたことがうかがえます。

参入の狙いと市場の動き

狙いは明確です。まずは、現在もなお紙カルテで運用している既存の診療所を中心に、電子カルテ導入のハードルを一気に下げようとしているのだと思われます。初期費用が不要で月額もゼロとなれば、「一度使ってみよう」と思う開業医は少なくないでしょう。無料で導入できるというインパクトは、これまで電子カルテ化に踏み切れなかった層に強く響きます。そして一定のシェアを確保した後には、すでに電子カルテを導入している医療機関からの乗り換え需要も視野に入れていると考えられます。つまり、GMOは「紙カルテ層の電子化」と「既存電子カルテ市場の再編」という二段構えの戦略で、市場全体の構造を変えにかかっているのではないでしょうか。

また新規開業のクリニックにも非常に魅力的です。現状では対抗馬が不在ですから、新規開業のクリニックのシェアを総取りする可能性すらあります。

電子カルテのコスト構造

実際、電子カルテのコストは決して小さくありません。院内サーバー型では初期費用が数百万円かかることも珍しくなく、クラウド型であっても月額3〜5万円程度が一般的です。私が使用しているM3デジカルとデジスマ診療の組み合わせでも、予約システムを含めれば月額5万円前後、年間にしておよそ60万円の支出になります。機能面を考えれば妥当な水準とはいえ、これが無料になるとすれば、小規模診療所にとっては非常に大きな恩恵です。

GMOというプレイヤーの強み

GMOはもともとインターネットの領域において強大な基盤を持つ企業です。サーバー事業を展開し、「お名前.com」などを通じて膨大なホスティング環境を提供しています。その技術とインフラを活かして電子カルテ市場に参入してくるのですから、既存プレイヤーにとってはまさに脅威といえます。しかも、GMOには広告・金融・通信といった関連事業も多く、垂直統合によるコスト削減が可能です。インターネット企業が本気で医療ITに取り組むとどうなるか、業界の構図が変わる可能性すらあります。

どこで収益を上げるのか

とはいえ、電子カルテの開発や診療報酬改定に伴う更新作業には相応のコストがかかります。GMOであっても、それを永続的に無料で維持するのは現実的ではありません。考えられる収益源としては、広告モデル、オンライン診療との連携手数料、あるいは薬局ネットワークとのデータ連携などが挙げられます。渋谷にオンライン診療を軸にした薬局事業も同時に展開するようです。いずれにしても、まずは“圧倒的なシェア”を確保することを優先していると考えられます。

無料化が永続するとは限らない

完全無料がどこまで続くかはわかりません。数年後に有料プランを導入する可能性も十分ありますし、無料版では機能制限がかかるケースも想定されます。つまり、初期のインパクトで利用者を集め、後から機能拡張やサポートを有料化していく――いわゆる“フリーミアムモデル”になる可能性が高いでしょう。最終的には、機能と価格のバランスが取れた適正水準に落ち着くのではないかと思います。

使い勝手とパフォーマンスへの期待

サービスの使い勝手については、現時点では判断できません。電子カルテにおいては、実務上、動作の軽さやレスポンスの速さが非常に重要です。見た目よりも“軽さ”が業務効率を左右します。そもそも医者は気が短いせっかちな人間が多い(と思われれる)ので、遅いと使う気になれません。GMOがどの程度そこを意識して設計してくるのか、実際に触れてみないとわかりません。リリース後に一度試して、レビューしてみたいと考えています。

IT進化がもたらすコスト低下

IT関連の世界では、技術の進歩がコストを下げることがよくあります。たとえば10年前に50万円したハイスペックPCが、今では同等性能を半額以下で入手できます。物価が上昇している中で、ITだけは高性能化と価格低下が同時に進むという不思議な現象が起きています。電子カルテの世界も同様で、以前は高額投資が必要でしたが、クラウド型の登場で大幅に安価になりました。月額3万円以下のサービスも珍しくなくなり、今回の「無料化」はその延長線上にあるとも言えます。

現時点での私の考え

私自身は、現状のM3デジカルとデジスマ診療の組み合わせに非常に満足しています。問診・キャッシュレス決済・電子処方などがシームレスに連携し、患者さんにも好評です。特に気に入っているのは、動作が圧倒的に軽いこと。クリックした瞬間に開くスピード感は、一度慣れると手放せません。他社のインターフェースが魅力的に見えることもありますが、それでもこの“軽さ”の優位性は大きいです。とはいえ、GMOが本気で開発するなら、そのあたりも十分に研究してくるはずです。ネットのプロがつくるカルテがどのような完成度になるのか、非常に興味深いところです。

また全く関係ない話ですが、高校生の頃に『一冊の手帳で夢は必ずかなう』という本を読んで以来、GMOの熊谷社長のファンである私が、大人になってから仕事でGMOのサービスを使うというのは、なんだか不思議な縁を感じます。