当サイトの記事には、クリニック運営コストに言及する記事も多くあります。記事をご覧の先生には、なぜそこまでコストを意識するのかと疑問に思われる先生もいらっしゃると思います。開業医の場合は、クリニック経費に係るものは、経費として計上可能で、売上から経費を差し引いた利益についてしか、税金がかからないためです。
上記のことはたしかに正しいのですが。措置法第26条が適用される場合は事情が異なります。こちらのケースでは、経費は自分に財布から出ていくのと同じ痛みを伴うためです。今回は措置法第26条が適応される診療所のコストカットについて考えていきます。
措置法第26条を使う際の経費の考え方
措置法第26条を適用するクリニックでの経費について具体的に考えてみます。(参考記事→措置法第26条の利用)例えば、社会保険診療収入が年間2000万円のクリニックの場合、措置法第26条を用いて概算経費を計算すると、
2000万円×0.72=1440万円
となります。
この場合、事業所得は 2000万円 ー 1440万円 = 560万円となります。
この場合極端な例えでは、経費が300万円しかかかっていない場合でも、経費を1440万円として計上できます。本来であれば事業所得は、
事業所得:2000万円 ー 300万円 = 1700万円
となるところが、
事業所得:2000万円 ー 1440万円 = 560万円
となり、差額の、
1700万円 ー 560万円 = 1140万円
分の、節税効果が得られます。
逆に経費が1800万円かかっていた場合は、措置法第26条を適応する方が税負担が大きくなってしまうため、こちらのケースでは通常通りに計算し申告することになります。
措置法第26条を使用する場合、経費は自分の財布からでていくのと同じ痛みがある
このことを理解すると、措置法第26条に適用するクリニックでは、経費は極力小さくしたいという気持ちになります。上記と同様に、社会保険診療収入が年間2000万円のクリニックの場合を想定したケースで考えてみます。例えば①経費が1000万円かかるクリニックと、②経費が300万円しかかからないクリニックで想定します。概算経費を用いて計算した場合、事業所得はどちらも同様に560万円となります。560万円に対して課税される金額を計算するのは面倒なので、仮に100万円と仮定します。(この値は計算のために設定しているので完全に適当です。)このケースで手元に残るお金を計算します。
①経費が1000万円かかるクリニック
2000万円(社会保険診療収入)ー 1000万円(経費)ー100万円(税金)
=900万円
②経費が300万円しかかからないクリニック
2000万円(社会保険診療収入)ー 300万円(経費)ー100万円(税金)
=1600万円
①と②の差
1600万円 ー 900万円 = 700万円
上記のようになんと、手元に残るお金にこれだけの差が生じることになります。
実際には、経費が300万円ということは通常あり得ないので、実務上の差はもっと少ないですが、同じ売上でも、経費によっては数百万円もの差が生まれることは普通にあります。
ここで再度経費について考える。
上記のように考えると、概算経費を用いる前提であれば、経費を削れば削るほど、概算経費と実際の経費の差が大きくなり、措置法第26条による節税効果が大きくなります。考え方を変えると、あらゆる経費は「削ることができれば、自分の手元に残るはずのお金だったものを、自分の持ち出しで払っている」と解釈することもできます。これは本来の概算経費の意図と異なることは承知の上ですが、経営の戦略上の考えではそのように解釈が可能です。
そうなると経営者の心理としては、極力経費は少なくして、なおかつ売上は上げたいという気持ちになります。
措置法第26条を用いる際の戦略は、売上の上昇よりも利益率の上昇
措置法第26条の効果を発揮するためには、売上よりも重要なのは利益率です。高額な経費がかかる検査を行って、売上を上げるよりも、経費を極力かけずに、売上を伸ばすことの方が重要になります。
例えば①1日の売上が10万円で、検査費用等の経費が5万円の場合と、②1日の売上が5万円で、検査費用等が0円の極端なケースを想定してみます。
①1日の売上が10万円で、経費が5万円の場合
この場合の経費は、血液検査等の診療に直接発生する経費を想定し、家賃や電子カルテ等の固定費用は考慮しません。
この場合は、売上が10万円なので、措置法第26条も用いると、経費は72,000円と概算できます。(72%で概算経費を計算)
100,000円 (売上)ー72,000円(概算経費)
により、事業所得は28,000円と計算できます。仮に事業所得の20%を各種税金と仮定すると、税金は5,600円となります。
手元に残るお金としては、
100,000円(売上) ー 50,000円(実際の経費)ー 5,600円(税金)
=44,000円(手元に残るお金)
ここから、家賃や電子カルテ等の固定費用を差し引き、残りが手元に残るお金になります。
②1日の売上が5万円で、検査費用等が0円の場合
この日は、血液検査や抗原キットでの検査は行わず、純粋に診察料や管理料などの収益のみだったと仮定します。
この場合は、売上が50,000円なので、措置法第26条も用いると、経費は36,000円と概算できます。(72%で概算経費を計算)
50,000円(売上) ー36,000円(概算経費)
により、
事業所得は14,000円と計算できます。仮に事業所得の20%を各種税金と仮定すると、税金は2,800円となります。
手元に残るお金としては、
50,000円(売上) ー 0万円(実際の経費)ー 2,800円(税金)
=47,200円(手元に残るお金)
ここから、家賃や電子カルテ等の固定費用を差し引き、残りが手元に残るお金になります。
厳密なことを言えば、①の事業所得28,000円>②の事業所得14,000円、のため、②の方が税金も安く済みます。さらに②の方が有利になるわけです。
上記の考察
上記の想定では、①の方が見かけ上は収益は高いものの、手残りが少なく、②の方が見かけ上収益は少ないですが、税金も少なく済んで手残りが大きくなるという現象が起こります。
これを踏まえると、経費が大きくかかる検査、ほとんど保険点数との差益が見込めないような検査は極力避け、診察料、判断料、管理料など、経費がかからないもので、収益を上げるというのが、戦略になります。
具体例を挙げると、BioFire SpotFireを用いる場合、保険点数は1350点となり、収益は上がるものの、この検査は試薬がかなり高額で、保険点数との差益はほとんど見込めません。初診料や判断料は算定できますが、利益率は大きく下がってしまうということになります。
逆に皮膚の真菌検査は、最初に顕微鏡を用意すれば、ランニングコストはズーム液と、プレパラート、カバーガラスくらいなものなので、検査点数と判断料の大部分が利益になります。
インフル等の抗原検査はその中間で、保険点数が下がったので、大きく差益は見込めないものの、損をすることもないので、収益と利益率のバランスが良いと思います。
措置法第26条の範囲を超えれば、今回の戦略は対象外
今回の戦略は、措置法第26条を想定する場合のみで成立するものです。措置法第26条の範囲外の場合は、事業所得 = 売上 ー 経費 となるので、経費は少ないに越したことはないものの、概算経費での恩恵は受けられないので、そこまで気にしなくて良いことになります。そもそも診療報酬が5000万円を超えていれば、このようなセコいことを考える必要はないでしょう。より大きな問題と向き合う必要があります。