開業一般

勤務医と開業医はどちらがよいのか(2026年版)|物価高・金利上昇のいま、目的別に考える

勤務医と開業医のどちらがよいのかという問題は、このサイトでもこれまで何度か取り上げてきました。今回は、これまで考えてきたことや開業してから得た経験を踏まえて、改めて両者を比べてみます。ここ数年で医療を取り巻く環境が大きく変わり、以前とは少し違う視点で考える必要が出てきたからです。

勤務医と開業医のどちらがよいかは、結局のところ、何を目指しているのか、どのような人生を送りたいのかに行き着きます。お金を稼ぎたい先生でも、年収1,500万円を目指すのか、2,500万円なのか、1億円以上なのかによって、選択肢は大きく変わります。収入よりもQOLを重視したい先生や、家族との時間を最優先にしたい先生もいらっしゃいます。今回は、こうした目的の違いごとに、それぞれの働き方を考えてみます。

最初に結論を申し上げると、開業するか勤務医を続けるかで迷っている先生であれば、勤務医を続ける方が無難で、大きな失敗をするリスクも少ないと考えています。開業には勤務医では得られない魅力がありますが、現在の社会情勢や医療業界の変化を考えると、以前よりも慎重に判断した方がよい時期に入っています。

物価高騰によって、開業を取り巻く環境が大きく変わった

比較に入る前に、現在の経済状況について考えておきます。ここ数年、新型コロナウイルスの流行に始まり、世界各地での紛争、円安、原油価格の上昇などが重なってきました。日本でも長く続いたデフレからインフレへと環境が変わり、生活に必要なものの価格が次々と上がっています。数年前と同じ生活をしていても支出が増える一方で、収入はなかなか増えないという方も多いのではないでしょうか。

開業医の場合、この物価上昇が経営に直接影響します。内装工事費、医療機器、外注検査費、消耗品、各種システムの利用料金など、クリニックの運営に必要な費用が幅広く上がっています。最近では生成AIの普及による半導体やメモリーの需要増加もあり、パソコンの価格まで上がりました。開業時の初期投資だけでなく、開業後に毎月かかるランニングコストも、以前より負担が大きくなっています。

さらに、保険診療を中心とする医療機関には、一般的な事業とは違う問題があります。インフレが起きても、自分たちの判断で診療価格を引き上げられないことです。飲食店であれば、原材料費や人件費が上がれば値上げで対応できます。しかし保険診療は公定価格である診療報酬に基づいているため、クリニックが独自に価格を変えることはできません。診療報酬改定による手当てはあっても、個々の医療機関が物価に合わせて柔軟に価格を調整できる仕組みにはなっていません。

こう考えると、長く続いたデフレは、医師にとって必ずしも悪い環境ではなかったのかもしれません。診療報酬が大きく増えなくても、物価や人件費が安定していれば、経営を維持しやすかったからです。反対に今のようなインフレ局面では、支出ばかりが増えて収入が追いつかず、利益が圧迫されやすくなります。勤務医も、物価上昇に見合うほど給与が増えているとは限りません。病院経営が厳しくなり、賞与や当直手当などの待遇が見直されたという話も耳にします。

加えて、金利の上昇も無視できません。開業時に多額の借入れをする場合、同じ金額を借りても、以前より返済負担が大きくなる可能性があります。住宅ローンを抱えている先生であれば、変動金利の上昇で家計にも影響が出ます。内装工事の資材や職人さんの費用も上がっているため、クリニックに限らず、新たに店舗を構えて事業を始めること自体のハードルが上がっています。

今から開業することは、5〜6年前とは違う

こうした状況を考えると、5〜6年前に開業するのと今から開業するのとでは、必要な覚悟がかなり違ってきています。内装工事費だけでも以前の1.5倍近く、条件によってはそれ以上になっているケースもあるのではないでしょうか。細かな経費も、1割や2割の値上げでは済まないものが出てきています。私が開業を考えていた頃と比べても、経営の前提条件はかなり変わりました。

自由診療であれば、自院で価格を決められるため、インフレに合わせて料金を上げることもできます。一方、保険診療では、患者数や診療内容を通じて売上を確保するしかありません。しかし人口の多い都市部ではすでに多くのクリニックが競合しており、新規開業したからといって十分な患者数を確保できるとは限りません。逆に競合の少ない地方で開業すると、人口減少によって長期的に患者数を維持できるかという不安があります。

さらに、2026年4月からは、外来医師過多区域で診療所を新しく開設する場合、開業の6か月前までに提供予定の医療機能などを都道府県に届け出る仕組みが始まりました。地域で不足している医療機能の提供を求められ、要請に応じないと保険医療機関の指定期間が短くなることもあります。新規開業が一律に禁止されるわけではありませんが、開業する地域や提供する医療の内容について、これまで以上に考える必要が出てきました。

このような環境を踏まえると、現在は新規開業にとってかなり厳しい時期に入っていると考えています。物価や金利が落ち着くまで待つという考え方もありますが、今後さらに条件が厳しくなる可能性もあり、いつが最適な時期なのかを見極めるのは簡単ではありません。

勤務医も厳しいが、開業医より大きな失敗をするリスクは少ない

一方で、勤務医であれば安心なのかというと、そういうわけでもありません。病院経営の厳しさは勤務医にも及びますし、給与の伸び悩みや労働環境の問題など、勤務医にもさまざまな課題があります。医師不足による負担の大きさと待遇が見合っていない職場もあります。何も考えずに働いていれば、希望する収入やQOLが得られる時代ではなくなってきています。

それでも、勤務医には開業医にない大きな利点があります。経営上のリスクを自分で背負う必要がないことです。勤務先の経営が悪化すれば給与や雇用に影響することはあっても、病院の借入金を勤務医個人が返済することはありません。職場が合わなくなっても、転職という選択肢が残っています。開業医の場合は、経営が悪化しても借入金や固定費の支払いが続くため、簡単には撤退できません。

保険診療を中心とする勤務医であれば、年収1,500万円程度が一つの現実的な目安になります。診療科や地域、当直の有無などで違いはありますが、ある程度の経験を積んだ医師が週5日常勤で働けば、十分に目指せる水準です。開業医のような大きな上振れは期待しにくい反面、一定の給与を受け取りながら生活を維持しやすいという点は、今でも勤務医の大きな魅力です。

年収1億円以上を目指すなら、勤務医では難しい

ここからは、何を目標にするかによって、勤務医と開業医を比べてみます。まずは収入です。これは、どの程度の金額を目指すのかによって考え方が大きく変わります。

先ほどの年収1,500万円を目安とすると、保険診療の勤務医にとって年収2,000万円はかなり高い水準です。さらに年収2,500万円を目指すには、相応の工夫が必要になります。給与水準の高い訪問診療の仕事を選ぶ、インセンティブのある職場で働く、オンコールを多く引き受けるといった方法です。ただし、その分だけ勤務負荷が増えたり、勤務地が限られたりします。

自由診療の分野であれば、さらに高い給与を得られる可能性もあります。美容外科などで高い技術を持つ先生であれば、年収3,000万円以上も考えられます。ただし、この分野について私自身はそれほど詳しくありません。さらに上の年収5,000万円といった金額を得られるのはごく一部の先生だと想像していますし、自由診療の業界も競争が厳しく、保険診療の勤務医とそれほど変わらない収入の先生もいらっしゃると聞きます。

そうすると、年収1億円以上を目指したい先生の場合、給与所得だけで実現するのは極めて難しくなります。雇われて受け取る給与には、社会の仕組みとして一定の上限があるからです。その水準を目指すのであれば、勤務医という枠組みを超えて、自分で事業を所有する必要があります。一般的な保険診療のクリニックを1か所開業するだけでは難しく、複数の分院を展開したり、自由診療の事業を大きく育てたりするなど、通常の診療所経営とは別の段階に進む必要があります。

このような規模の事業経営は、私自身に経験のない領域なので深入りはできません。ただ、保険診療の勤務医として年収2,500万円を大きく超える水準や、自由診療の3,000万円、5,000万円をさらに上回る収入を目指すのであれば、給与所得という仕組み自体が限界になります。非常に大きな収入を目指すなら、雇われて働く立場から、事業を所有する立場に移る必要があるということです。

年収2,500万円を目指す場合はどうか

では、年収2,500万円程度を目指す場合はどうでしょうか。保険診療の勤務医にとってはかなり上限に近い水準ですが、戦略を立てれば不可能な金額ではありません。

例えば訪問診療には、日給10万円を超える非常勤の求人もあります。日給10万円で、祝日や休暇を考えて年間50週働くとすれば、週1日あたり年間500万円です。これを週5日組み合わせれば、年間2,500万円の給与収入になります。実際に日給10万円以上の求人を5日分確保できるのか、長く同じ条件で働けるのかという問題はありますが、給与所得で年収2,500万円を目指す一つの方法です。

以前の記事では、この働き方を「安定した収入を確実に得られる働き方」と書きました。開業と比べればリスクがずっと低いという考えは今も変わりませんが、改めて考えると、この方法にも下振れのリスクはあります。単価の高い非常勤を複数探して組み合わせる必要があり、勤務先によっては契約が更新されなかったり、突然勤務枠がなくなったりすることもあります。その場合は新しい求人を探さなければなりません。また、週5日をそれぞれ別の勤務先で働く場合、社会保険や厚生年金の扱いが常勤とは異なることがあります。同じ年収2,500万円でも、手取りや将来の年金まで同じになるわけではありません。

一方、開業医の場合はどうでしょうか。まず注意したいのは、勤務医の年収と開業医の売上はそのまま比べられないという点です。勤務医が年収2,500万円を得る場合、そこから税金や社会保険料が差し引かれます。条件によって手取りは変わりますが、ここでは6割の1,500万円が残ると考えてみます。以前の記事では「半分」として計算しましたが、2,500万円の給与であれば6割程度の方が実態に近いと考えています。非常勤を組み合わせる場合と1か所で常勤として働く場合では社会保険などの条件が違うため、あくまで比較のための仮定です。

では、開業医が年間1,500万円を手元に残すには、どの程度の売上が必要でしょうか。例えば、年間売上3,000万円、実際の経費が1,000万円のクリニックがあったとします。この場合、税引き前の資金的な余剰は2,000万円です。さらに保険診療を中心とする個人開業医であれば、条件を満たせば租税特別措置法第26条による概算経費の特例を使えるため、実際の経費と税務上の必要経費が異なります。売上3,000万円であれば概算経費は2,000万円を超えるので、課税される所得は1,000万円を下回ります。税金や社会保険料、借入金の返済も考える必要がありますが、こうした条件がそろえば、手元に1,500万円程度を残すことも可能です。

しかし、この計算には大きな問題があります。そもそも年間3,000万円を売り上げながら、実際の経費を1,000万円に抑えられるのかという問題があります。初年度に3,000万円の売上があっても、翌年も同じ金額を維持できる保証はありません。経費も、今年は1,000万円だったものが翌年には1,200万円になるかもしれません。勤務医の給与と違い、売上も経費もさまざまな要因で変動するため、将来の収入を予測しにくいのです。

例えば、近隣に競合するクリニックが開業して患者数が大きく減り、年間売上が3,000万円から1,500万円になったらどうでしょうか。売上が半減しても、家賃やシステム利用料などの固定費はほとんど変わりません。経費が1,000万円のままであれば、税引き前の余剰は500万円しかありません。ここから税金や社会保険料、借入金の返済を考えると、生活を維持すること自体が難しくなります。

反対に、売上が大きく上振れする可能性もあります。例えば年間売上が5,000万円まで増えた場合でも、保険診療収入が5,000万円以下で、医業収入全体が7,000万円以下という条件を満たせば、措置法第26条の特例を使えます。患者数が増えれば外注検査費などの変動費も増えますが、仮に年間経費が1,500万円になっても、税引き前には3,500万円の余剰が生じます。税金などを支払っても、一般的な勤務医では得にくい水準の収入です。

つまり開業医には、勤務医では考えにくいほど収入が上振れする可能性がある一方で、生活が成り立たなくなるほど下振れする可能性もあります。収入の安定を犠牲にする代わりに、より大きな収入を得る機会があるということです。この不安定さをどう評価するかが、開業するかどうかを決める重要なポイントになります。

年収1,500万円を目指すなら、開業する必要はあるのか

次に、年収1,500万円を目標とする場合です。先ほど書いたように、ある程度経験を積んだ保険診療の勤務医であれば、週5日常勤で目指しやすい水準です。安定した勤務先で年収1,500万円ほどを得ながら働くのは、十分に合理的な選択です。

さらに、勤務医でも働き方を工夫できます。例えば、先ほどの日給10万円の非常勤を週3日組み合わせれば、年間50週勤務で年収1,500万円になります。週3日働いて、残りの週4日を休みにするという働き方も、計算上は可能です。求人の確保や社会保険、収入の安定性といった問題はありますが、週5日常勤に近い給与収入を保ちながら、自由な時間を大きく増やせます。

では、年収1,500万円ほどを得ることが目的であれば、開業する必要はあるのでしょうか。私自身は、収入だけが目的なら、開業は合理的な選択ではないと考えています。勤務医として比較的再現性高く得られる収入のために、多額の初期投資や借入れを伴うリスクを背負う必要があるのかという問題です。小規模なミニマム開業でも、初期費用は1,000万円以上かかることが多く、条件によっては2,000万〜3,000万円程度かかっても不思議ではありません。

しかも、開業したからといって十分な患者数を確保できる保証はありません。開業後に患者さんが増えて予想以上の収入を得られることもありますが、逆に患者さんが集まらず、借入金の返済や生活費の確保に苦労することもあります。年収1,500万円程度を安定して得たいという目的だけであれば、勤務医の方がリスクとリターンのバランスがよいのではないでしょうか。

家族との時間を増やしたいなら週3日の非常勤を組み合わせる方法があり、さらに高い収入を目指すなら週5日の高単価な非常勤を組み合わせる方法があります。少なくともお金の面だけで判断するなら、年収1,500万円程度を目指して新規開業する理由は、あまり見当たらないというのが私の考えです。

QOLを重視するのであれば、勤務医の方が向いている

次に、収入よりもQOLを重視したい場合です。この場合、私は基本的に開業を選択肢に入れない方がよいと考えています。救急対応や時間外勤務が少なく、業務負荷の比較的軽い職場を勤務医として探す方が、目的を達成しやすいからです。

例えば、健診センターや産業医として働く方法もありますし、比較的重症患者の少ない外来や問診中心の業務などを非常勤で組み合わせる方法もあります。訪問診療は、勤務先やオンコールの条件によって負担が大きく違うので、勤務内容をよく確認して選ぶことになります。いずれにしても、勤務先や勤務日数を調整することで、収入と業務負荷のバランスを取る余地があります。

一方、開業すると、仕事のことを常に考える生活になります。診療時間が終わっても経営上の問題は残っていますし、休日でもクリニックのことを考える場面が出てきます。患者数の変化、経費の増加、設備の故障、各種届出など、経営者として対応しなければならない問題が絶えません。自分の判断で仕事を進められる自由はありますが、それは精神的な負担が少ないことを意味しません。

私自身、開業すればQOLが自動的に上がるとは考えていません。むしろ、仕事そのものから離れて気持ちを休めたい先生にとっては、開業でQOLが下がる可能性の方が高いと考えています。すでに十分な資産があって収入をそれほど必要としないのであれば、思い切って勤務日数を減らしたり、週1回だけ半日の外来を担当して社会とのつながりを保ったりする方法もあります。生活を楽にしたい、精神的な負担を減らしたいという目的であれば、開業よりも勤務医の働き方を調整することをおすすめします。

家族との時間を増やしたい場合はどうか

時間を確保したいという目的は、少し分けて考える必要があります。一つは、働く時間を減らして自由な時間を増やしたいという場合です。もう一つは、働く時間の総量はそれほど減らなくてもよいので、自分の都合に合わせて時間を調整できるようになりたいという場合です。この二つは似ているようで、求めているものがかなり違います。

単純に自由な時間を増やしたいのであれば、先ほどの週3日の非常勤勤務が有力な選択肢です。収入をある程度保ちながら週4日の休みを確保できますし、勤務先を探す手間はあっても、開業と違って初期投資は必要ありません。

一方で、時間の融通を利かせたいという場合は少し事情が違います。例えば、お子さんの幼稚園や学校の送迎のために、日中の特定の時間を空けたいという場合です。運動会や学校行事のときに、職場の都合をあまり気にせず休みを取りたいという先生もいらっしゃいます。この場合は、勤務日数を減らすことよりも、働く時間を自分で調整できることが大切になります。

この場合も、私がまずおすすめするのは、時短勤務が認められる常勤の職場や、有給休暇を取りやすい勤務先を探すことです。最近は勤務形態も多様になり、必ずしも週5日フルタイムで働く必要はありません。勤務負荷が少なく、時間の調整にも柔軟に対応してくれる職場が見つかれば、開業しなくても目的を達成できます。

開業すると、かえって時間の融通が利かなくなることもある

では、開業すれば好きな時間に働けるようになるのでしょうか。確かに開業医は、診療時間や休診日を自分で決められます。しかし、ある程度の規模でクリニックを運営する場合には、意外と時間の融通が利かなくなります。

例えば、複数のスタッフを雇っているクリニックでは、院長の都合だけで急に診療時間を短くしたり、休診日を増やしたりするのは簡単ではありません。スタッフの雇用や給与を守る責任がありますし、シフトや採用の問題もあります。予約済みの患者さんへの対応も必要なので、経営者だからといって何でも自由に決められるわけではありません。

時間の自由度を重視して開業するのであれば、私のようにワンオペレーションに近く、家族に協力してもらう超ミニマムな形態が考えられます。医師1人で運営し、必要なときだけ家族に受付を手伝ってもらう形であれば、比較的自由に診療時間を決められます。夕方以降は家族と過ごしたいのであれば、夜間診療をせずに早めに診療を終えることもできます。私の場合はクリニックの近くに住んでいるので、お昼休みに家に戻って子どもと過ごすこともでき、これは開業してよかったと感じていることの一つです。

ただし、このような運営にも制約はあります。予約を先々まで受け付けると、その期間は自由に休診できなくなるため、予約枠を公開する期間を短くするなどの工夫が必要です。また、クリニックが小さくても、経営に必要な事務作業が大きく減るわけではありません。各種届出や行政への報告、会計処理などは、患者数が少なくても必要です。極端な話、週1回しか診療しないクリニックでも、医療機関として維持するための事務負担は発生します。

さらに、オンライン資格確認をはじめとする各種システムの維持費もかかります。クリニックを小さくすれば、患者数に連動する費用や人件費は抑えられますが、規模にかかわらず発生する固定費や管理業務は残ります。自由な時間を増やすために診療日数を減らすと、その分だけ経営の効率が悪くなるわけです。

このように考えると、家族との時間を増やしたい、時間の融通を利かせたいという目的であれば、やはり勤務医として働き方を工夫する方が再現性は高くなります。週3日の非常勤を組み合わせる、勤務負荷の少ない常勤先で時短勤務をする、有給休暇の取りやすい職場を探すなど、開業以外にも選択肢は十分にあります。

それでも開業した方がよいのは、どのような先生か

ここまでの内容だと、私が開業にかなり否定的な立場を取っているように見えるかもしれません。では逆に、どのような先生であれば開業した方がよいのでしょうか。

まず考えられるのは、明確な事業計画があり、開業して成功する道筋を具体的に描けている先生です。立地や診療内容、患者層、経営規模などについて十分な見通しがあり、リスクを理解したうえで開業を決められるのであれば、挑戦する価値はあります。もっとも、以前の記事でも書いたように、このような先生は周りから止められても開業します。私自身もそうでした。自分でリスクを取る覚悟があり、どうしても実現したい事業があるのであれば、勤務医を続けることが最適とは限りません。

次に考えられるのは、非常に少ない初期投資で開業できる条件がそろっている先生です。例えば、ご実家が以前クリニックを運営していて、今は閉院しているものの、建物や一部の設備が残っているような場合です。以前のスタッフの雇用を引き継ぐ必要もなく、数百万円ほどの改装で小規模なクリニックを再開できるのであれば、通常の新規開業とはリスクの大きさが違います。初期投資や固定費を極力抑えられるなら、収入だけを目的としない開業も一つの選択肢になります。

そしてもう一つは、組織で働くよりも一人で仕事をする方が性格的に合っている先生です。これは私自身の経験からも、開業を考えるうえで大切な要素だと感じています。

一人で仕事をすることが好きな先生には、開業が向いているかもしれない

例えば、他人と協調して仕事を進めるよりも、自分一人で意思決定をして、黙々と仕事を片付けていくことが好きな先生です。多少仕事量が増えてもそれほど負担に感じず、診療以外の事務作業やシステムの管理なども自分で進めることが苦にならないのであれば、ミニマム開業は一つの選択肢になります。

医療機関で働いていると、人間関係のしがらみや、職員間の仕事量の偏り、部署間の連携がうまくいかないといった問題が起きます。自分ならすぐに処理できる仕事でも、組織の中ではさまざまな調整が必要になることがあります。こうしたことに強いストレスを感じる先生であれば、他人と協調するための負担を減らし、その代わりに経営上のリスクや仕事を自分で引き受けるという考え方もあります。私自身、開業してから職場の人間関係に悩むことはなくなりました。

特に今は、生成AIや各種ITツールを使うことで、以前ならスタッフに頼んでいた事務作業の一部を自分で処理できるようになってきています。私自身もITを活用して、できる限り業務を効率化しています。こうした作業を負担と感じるのではなく、工夫しながら自分で仕組みを作っていくことに面白さを感じる先生であれば、開業という働き方と相性がよいのかもしれません。

このような先生にとっては、仕事量が少ないことが必ずしもQOLの高さにつながるわけではありません。多少仕事量が増えても、自分で判断して自由に進められることの方が大切という場合もあるからです。組織の中で調整をしながら働くよりも、自分で責任を負ってでも好きなように仕事を進めたいという先生であれば、開業によって得られる満足感は大きいのではないでしょうか。

開業するなら、従来の形にこだわる必要はない

ただし、開業する場合にも、従来のように多額の資金を投じてクリニックを構える形態だけが選択肢ではありません。新しく物件を借り、内装工事を行い、医療機器を購入して、スタッフを雇うという一般的な開業方法は、最初に書いたような物価や金利の状況のもとでは、かなりの費用がかかります。

例えば、訪問診療を中心とするクリニックであれば、管理規約や保健所の確認は必要ですが、マンションの一室など事務所に近い小さな物件を使うことで、初期投資を抑えられます。またオンライン診療を中心とする形態も考えられます。オンライン診療は2026年4月から医療法上に定義が置かれ、実施する医療機関の届出や守るべき基準が定められました。場所を用意せずに診療できるという単純な話ではありませんが、今後の動向によっては、有力な選択肢の一つになり得ます。

もっとも、そこまでして独立する必要があるのかという疑問も残ります。訪問診療やオンライン診療を中心とした小規模な事業を始めるのであれば、同じような業務を勤務医として行うこともできます。自由な時間を確保したいなら非常勤を複数組み合わせる方法もありますし、極端な例では、健診の繁忙期に集中的に働いて、閑散期には長く休むという働き方もあります。

つまり今は、開業しなくても、働き方をかなり自由に設計できる余地があります。独立すること自体が目的なのか、それとも収入や時間、自由度を確保することが目的なのかによって、選ぶべき方法は違ってきます。

私自身、開業準備を通じて勤務医の可能性に気づいた

ここまでいろいろと比べてきましたが、私自身の経験も少しご紹介します。実は、開業に向けて本気で準備を進めていたときに、皮肉にも、勤務医として働き方を工夫すれば、収入やQOLをかなり改善できるのではないかと気づいた経験があります。

私の場合、開業後も週1回の非常勤勤務を続ける予定だったため、開業準備と並行して転職市場についても詳しく調べていました。それ以前にも転職でいろいろな失敗をしていたこともあり、どのような求人を選べばよいのか、どのような条件で働けるのかを、かなり真剣に考える機会になりました。その過程で、勤務先の選び方や非常勤の組み合わせ方を工夫すれば、開業しなくても十分な収入を得ながら、自由な時間を増やせることを知りました。

また、開業準備を進める中で、経営者としての視点を持つようになったことも大きかったと感じています。勤務医だった頃は、どうしても提示された給与や勤務条件を中心に考えていました。しかし、経営する側から医療機関を見るようになると、病院やクリニックがどのような事情で医師を募集しているのか、どのような条件であれば自分にとって有利なのかを、以前とは違った見方で考えられるようになりました。

こうした経験は、別に運営している医師の転職サイトでもご紹介しています。私は最終的に開業を選びましたが、開業準備を通じて、勤務医という働き方にもまだ工夫の余地がたくさんあると知ったことは、今振り返っても興味深い経験でした。

迷っている先生こそ、開業市場と転職市場の両方を調べてみてほしい

ここまで読んでくださった先生の中には、まさに今、開業するかどうか迷っている方もいらっしゃると思います。以前から開業を考えていたものの、今の経済状況を見て踏み切れずにいる先生や、ご実家のクリニックを引き継ぐべきか悩んでいる先生もいらっしゃるかもしれません。

迷っている段階であれば、すぐに開業を決める必要はありません。ただし、何もせずに考え続けるよりも、一度本気で情報を集めてみることはおすすめします。実際に開業するつもりで物件を探したり、内装工事の費用を調べたり、金融機関の借入条件を確認したりすると、具体的な経営のイメージが見えてきます。漠然と開業に憧れている段階と、必要な資金やリスクを数字で把握した段階とでは、判断も変わってきます。

ただし、最初に開業コンサルタントへ相談することは、おすすめしません。いきなり依頼すると、開業することを前提に話が進んでしまいやすいからです。まずはご自身で調べてみる、あるいはすでに開業している先輩の先生に話を聞いてみるなど、業者を通さずに情報を集めるところから始めていただくのがよいと考えています。第三者の意見を聞いてみたい場合は、私の有料個別相談をご利用いただくこともできます。業者からの紹介料などは受け取っていないので、開業ありきではない立場でお話しできます。

そして特におすすめしたいのは、開業を考えている先生にこそ、転職市場を本気で調べてみていただきたいということです。開業後も非常勤を続ける予定の先生であれば当然ですが、そうでない先生も、一度どのような求人があるのかを確認してみる価値はあります。希望する収入や勤務日数、勤務負荷などを具体的に決めて探してみると、意外な選択肢が見つかるかもしれません。

私自身、開業したことを後悔しているわけではありません。しかし、今の社会情勢や医療業界の変化を考えると、すべての先生に開業をおすすめできる状況ではありません。大きな収入を目指したいのか、仕事そのものを楽しみたいのか、それとも家族との時間や生活の安定を重視したいのか。その目的をはっきりさせたうえで、開業と勤務医という二つの選択肢を比べることが大切です。

開業すること自体を目標にするのではなく、自分が望む生活や働き方を実現するために、本当に開業が必要なのかを考える。そのうえで、それでも自分で事業をやりたいと思うのであれば、開業に踏み切るという選択もあります。少なくとも迷っている先生には、開業以外の方法でも目的を達成できないか、一度真剣に検討していただきたいと思います。

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About the author この記事を書いた人:小さな内科診療所の院長 COVID-19 が2類感染症だった時期に、住宅街で小さな内科クリニックを開業(ミニマム開業)。電子カルテもレセプトも自分で回しています。開業前の転職経験から、医師転職のサイトも運営しています。 このサイトについて →