このページをご覧の先生は、現在勤務医で、開業を検討されている先生が多いと思います。もしかしたら開業後に勤務医にもどることをお考えの先生もいらっしゃるかもしれません。今回は開業医、勤務医のそれぞれのメリット、デメリット、実際のところについて、現役の開業医兼バイト医の、私ならではの観点で考えて行こうと思います。

開業医のデメリット

開業医は雑務が多く、想像以上にしんどかった。。

開業医は、まず開業時から、すさまじい数の書類や事務仕事、開業にかかわる交渉事、業者との取引など、医者以外の業務に忙殺されます。また開業後も事務仕事や雑務が業務の半分以上で、医学的なこと、診療はほんの一部となります。臨床や医者の仕事に集中したい先生には、正直向かないと思います。逆に事務仕事や、経営の仕事が好きな先生には、このあたりは多少面倒くさいものの、そこまで苦痛にならないかもしれません。

診療報酬改定時や医療DXなどの対応、変革を求められる。

勤務医の間は正直、診療報酬が改定になってもあまり気になりませんでしたが、開業医の場合が生命線なので、大きく影響を受けます。2024年改定では、生活習慣病に関して、書類が更に増え、業務負担が増えました。診療報酬もインフレ、コスト上昇に全く見合っておらず、相対的には減少しています。さらにオンライン資格確認、電子処方箋、オンライン診療への対応など、デジタル化に向けて、多くの変革・対応が求められるようになりました。このような雑務も開業すると全て、先生ご自身で対応していかなくてはなりません。ひとつひとつに補助金の申請や審査があり、いちいち書類の数が多いのもストレスになります。開業医は、半分は書類と事務仕事との戦いだと、最近は思います。近隣医療機関もこれらの時期に閉院が相次いており、特に高齢の先生方には、このあたりへの対応が負担になったのだと推測されます。

経営リスク

開業医は働いただけ、給与が保証される勤務医とは異なります。クリニックを開けていても、患者さんがみえなければ一円にもなりません。むしろ運営するコストだけが出ていきます。実際に経験してみないと分からなかったことですが、診療時間中に患者さんがみえず、手が空くことは、想像以上にストレスになります。開院当初はもちろんですが、数年経った今でも、手が空いてしまうことは普通にあります。

特に開院したての時は、不安で眠れない日々が続きました。お金の不安というのは、本当に嫌なものです。心身を蝕まれる痛みと言えばよいでしょうか。開院してしばらくは生きた心地がしませんでした。正直ストレスが多すぎて、記憶が飛んでいる部分も少なくありません。

これは、人から聞いた表現ですが、保険診療の開業医は、保証のない公務員、と言われることもあるそうです。たしかに経営リスクを背負って、借金を背負って開業しても、収入は国が決定する診療報酬に依存することになります。ある年に急に悪い改定があれば、一気に経営が傾いてしまうリスクもあります。近頃は本当に労力との割にあうのだろうか?と感じることも多々あります。

先生の健康リスク

また開業医の一番の資本は先生です。万が一先生が倒れてしまわれた場合は、そこで全てがストップしてしまいます。事態によってはそのまま閉院しなければならず、経済的な保証もありません。最悪の場合、路頭に迷うことも覚悟しなくてはなりません。

開業医のメリット

開業医にももちろんメリットはあります。一番は時間的な融通が効くということです。夏休みや年末年始の休みも、先生が自由に決めることができます。平日に臨時休診にして、安い時期に旅行に行くことも出来ます。休みや働く日を自由に決められるということは、本当に気分が良いです。実際にそんなに休むこともなくても、休めるカードが手札にいつもあることで、非常に気がラクになります。

また開業医の先生は多くの場合お昼休みを設けると思います。クリニックの近くに住めば、お昼休みに家に帰る時間があります。私が個人的に開業してもっとも良かったと思うことは、お昼休みにも子どもとの時間を取れることです。勤務医はどうしても労働時間が長くなりやすく、どんなに優良な職場でもお昼に帰ることは現実的に難しいです。開業医であれば、子どもが起きている時間に、子どもとの時間を多くとることが出来るので、成長の様子を毎日見ることができます。子どもが寝てから残業に戻ることもありますが、夕食も一緒に取れます。これは開業医ならではの利点であると思います。

また人間関係のストレスは激減します。ミニマム開業であれば、皆無です。これは本当によいです。開業して職場の人間関係に悩むことが無くなりました。

勤務医のデメリット

勤務医のデメリットは、やはり組織に属する以上、自由に動きにくい面があります。休みも自由に取るわけにはいかず、長期休暇もなかなか難しいです。融通が聞きづらい面はどうしてもあります。また人間関係も選ぶことはできません。大きい組織では、多少ウマが合わないような人間とも付き合っていかざるを得ない面もあります。

仕事も基本的に与えられたものをこなさなければならず、正直なんの意味があるのだろうかと、疑問に思う仕事もあります。先生もご経験がおありだと思います。特に組織を運用するためだけの仕事や、形式上行わなければならない会議など、いくらでも例はあります。意味が感じられない仕事をさせられると、思った以上に心身を消耗します。

そのため勤務医はどうしても、一定の自由を引き替えにして、安定した給与と社会的地位を得ている面があると思います。

勤務医のメリット

勤務医の最大のメリットは、何があっても毎月安定した給与が頂けるということです。これは勤務医の間は正直あまり意識していませんでしたが、開業医になってからは、痛いほどの有り難さを感じます。収入が安定することが、どれほど有り難いか!開業医になると、どうしても毎月の収入はバラつきます。内科などは繁忙期とそうでない時は、かなり差があります。

また勤務医の間は、事務的なことは、大部分を代行して頂けます。ややこしい手続きも専門部署が先生に代わって行ってくれます。事務的なことで悩むことはほぼ無いでしょう。上述のように、ミニマム開業では書類と事務仕事が大きなウェイトを占めるようになります。

また病気などで休職を余儀なくされた場合も、労働者である勤務医は、手厚い社会的な保障が受けられます。労働者の権利や保障というのは、普段はなかなか気が付きませんが、離れてみると手厚いことに気が付きます。

開業医は医師というより 経営者の要素がつよい。

勤務医と開業医を両方ともやってみた経験から申し上げますと、開業医は医師というより、仕事の半分以上が経営者としてのものになると思います。医学的、診療的な要素よりも、クリニックの経営管理や事務仕事、様々な雑務の要素の方が割合として多くなります。診療に集中したい先生は、正直、勤務医の方が向いていると思います。

またすごい技術をお持ちのスーパードクターのような先生は、絶対に勤務医が良いと思います。そのような先生が診療以外の雑務に振り回されるのは、医学的、社会的に大きな損失です。優良な医療機関で、診療だけに集中されることをおすすめいたします。

経済的な要素について

開業医は、成功すれば勤務医よりも金銭面で恵まれているというのは、多くの先生にイメージできると思います。しかしそれはうまく行った場合です。思うようにいかなかった場合は、収入は勤務医とトントンというケースもあります。それは、先生が大きなリスクを背負って、借金もして、煩雑な事務仕事も行った努力に果たして見合う結果でしょうか?QOLは勤務医の方が高かったという可能性は十分にあります。

また開業には、最悪のケースでは、失敗して経済的に行き詰まってしまうリスクもあります。そのようなことになるのであれば、開業しない方がよかったというケースもあるでしょう。開業はたしかに、成功すれば得られるものも大きいのは事実ですが、失敗した場合、失うものが非常に大きいことも事実です。そして、開業して成功する難易度は、年々上がっていると思われ、今後も厳しくなっていくと思われます。まさに開業医には冬の時代です。開業すれば患者さんがあふれ、診療報酬も高く、物価も安かった、開業医黄金時代の先生が羨ましい限りです。

開業=起業は、どうしても博打の要素は捨てきれない

開業は起業です。新たな事業をはじめるため、どんなに対策をして、資金を集めて、開業に精通した専門家からアドバイスを受け、万全の対策をとったと仮定しても、それでもやってみなければ分からない要素はあります。そのためある意味、一定の部分については博打にならざる得ません。もちろん適切な対策をしっかり講じることは、とても大切で、勝率を上げることができるのは事実です。しかしそれでも、確実に勝てるとは限りません。勝率が高い場合、勝負にでることは、人生ではここぞというときは大事だと思います。しかしどんなに勝てそうな試合でも、負けてしまうこともあります。問題なのは、勝負に負けた、失敗したときのダメージが計り知れないほど大きいことです。命までは取られなくても、先生の医師人生に大きなダメージがあることは避けられません。

私がどうしても伝えたいことは、安易な開業は危険であり、迷う段階では、私としては避けたほうが無難であるということです。開業する医者は周りがどう言おうと開業します。私もそうでした。ひとつの事業を起こすには、そのくらい強い意思と覚悟がないと、かなりリスクが高いと思います。開業は、もし開業準備を始めていても、契約書類にサインをしていなければ、いつでも撤退できます。開業準備をしてみた結果、開業をしない選択をすることは、逃げでも、負けでもありません。それは先生の賢明な判断です。状況をみて成功する可能性が高くないと判断した場合、途中で引く判断が出来るのは非常にクレバーな人間です。どうかもし少しでも迷いや不安要素がある場合は、このことを思い出して頂ければ幸いです。

私は先生が、たとえ開業しても、開業しなくても、先生の医師人生が成功することを応援しています。