いわゆる「生活保護法指定医療機関」については、開業時に申請する先生も多いのではないかと思います。当院も開業時に申請し、現在も指定を維持しています。一方で、近隣では「書類の負担が大きいので指定を辞退した」というクリニックの話を聞くこともあります。実際に数年間運用してみると、生活保護法指定医療機関には、患者さんを受け入れられるというメリットがある一方、通常の保険診療にはない事務作業が発生します。今回は、実際に指定医療機関として診療してきた経験から、どの程度の負担があるのか、開業時に申請しておくべきなのかということについて考えてみたいと思います。

生活保護法指定医療機関とは

生活保護の医療扶助による診療は、基本的にどの医療機関でも無条件に行えるわけではありません。生活保護受給者に対して医療扶助による医療を行う病院や診療所は、生活保護法による指定を受ける必要があります。そのため、指定を受けていない医療機関では、通常の医療扶助として診療を取り扱うことができません。開業時に指定を受けるかどうかは、「生活保護を受給している患者さんを自院で受け入れるかどうか」という意味でも、一つの判断になります。

当院でのこれまでの経験では、完全初診の患者さんが突然来院するというより、まず患者さんが区役所の生活支援課などに相談し、受診する医療機関について調整されたうえで来院することが多いです。行政側から「生活保護を受給している方で、こちらの医療機関を受診したい」という連絡が入り、その後、医療券などの情報が送られてくるという流れです。一度受診し、生活習慣病などで継続的に通院することになれば、その後は行政とのやり取りを続けながら診療していく形になります。単発の受診より、むしろこうした定期通院の患者さんの方が実務上は運用しやすい印象があります。

一番の負担は、やはり書類です

生活保護法指定医療機関を実際に運用してみて、一番特徴的なのは書類のやり取りだと思います。例えば「医療要否意見書」では、傷病名、主要症状、今後の診療見込み、診療見込期間などを記載します。書類自体はA4用紙1枚程度で、慣れてしまえば1枚2〜3分程度で記載できます。そのため、患者さんが月に数人程度であれば、それほど大きな負担ではありません。慢性疾患で継続通院している方であれば、毎月同じ書類を書くわけでもないため、当院では現状それほど負担には感じていません。

一方で、風邪などの急性疾患で単発受診を繰り返すケースや、新しい傷病について受診するケースでは、医療要否意見書や事務連絡票などへの対応がその都度発生することがあります。医療券・調剤券の発券請求や医療扶助のオンライン資格確認など電子化も進んでいますが、少なくとも当院の実務では医療要否意見書ついては紙ベースのものが残っており、こちらは電子化されていません。。この「通常の保険診療にはない追加作業」が、件数が増えてくると効いてきます。

現在、当院で生活保護法に基づいて受診される患者さんは月に1〜2人程度です。そのため、現時点では指定医療機関を維持することによる事務負担は、それほど大きなものではありません。しかし、仮に書類を書かなければならない患者さんが1日に2〜3人いて、月に60枚程度の書類を処理しなければならないとなると、かなり印象が変わります。1枚2〜3分でも、積み重なれば相当な時間になります。

しかも、この書類作成そのものに診療報酬上のメリットがあるわけではありません。少なくとも医療要否意見書や事務連絡票などは無償で対応することになります。同じ10分間診療して同じ診療報酬を得るのであれば、通常の保険診療では発生しない2〜3分の事務作業が追加されることになります。1件なら誤差ですが、それを1日中繰り返して30分、1時間となれば、人件費や医師自身の時間という意味でも無視できません。事務スタッフに患者情報などをあらかじめ記入してもらい、医師が医学的な部分を確認・記載するなど、ある程度業務を分担することは可能だと思いますが、昨今は事務スタッフの人件費も上昇していますので、結局は誰かの労働時間を使っていることには変わりません。

実際、近隣でも、患者数には困っておらず、こうした追加の書類業務まで抱える必要性が低いクリニックでは、指定を辞退したという話を聞くことがあります。患者数が増えて経営が安定してくるほど、「この事務作業を維持する意味があるのか」と考えるようになるのは理解できるところです。

一方で、診療上はやりやすい面もあります

一方で、生活保護の医療扶助には、診療する側から見てやりやすい部分もあります。医療扶助は原則として現物給付ですので、患者さんは窓口で医療費を支払いません。最近は、通常の保険診療では「検査をするといくらかかりますか」「今日はお金がないので検査はやめておきます」と言われることもあります。もちろん、医療扶助だから検査を多く行ってよいということではありませんが、医学的に必要な検査について、患者さんの経済的事情をそれほど気にせず提案できることは一つの利点です。

「少し心配なので、熱が下がらなければ明後日もう一度来てください」といった再診の提案もしやすくなります。医学的に必要かどうかを中心に判断できるという意味では、診療そのものはむしろシンプルな面があります。また、完全に実務的な話ですが、本人支払額が設定されていなければ窓口会計がありません。診療が終われば処方箋を渡して帰っていただけるため、現金やクレジットカードなどの決済処理も発生しません。この点は、小児医療費助成など自己負担のない公費診療と似ています。

つまり、生活保護の患者さんを診療すると「すべての事務が増える」というわけではありません。医療要否意見書などの行政書類は増える一方、窓口会計などはむしろ簡略化されるという、少し独特な構造になっています。

オンライン資格確認など、設備面のコストも考える必要があります

最近、もう一つ考える必要が出てきたのが、医療扶助のオンライン資格確認です。生活保護の医療扶助についても、2024年3月からマイナンバーカードを利用したオンライン資格確認が始まっており、医療機関側で利用するためには、レセプトコンピュータなどの改修が必要になることがあります。当院でも、M3デジカル側で医療扶助のオンライン資格確認に対応するために追加費用がかかりました。補助はありましたが、それでも数万円単位のお金が動きます。

当院のように、生活保護の患者さんが月に1〜2人程度で、さらにマイナンバーカードを利用して医療扶助の資格確認をする患者さんがほとんどいない状況では、「この機能のためにどこまで設備投資をするのか」という問題はどうしても出てきます。医療扶助のオンライン資格確認自体は非常に便利な仕組みだと思いますが、利用者が少ない小規模クリニックからすると、こうした数万円単位の追加費用も指定を維持する際のコストの一つになります。

開業当初は、とりあえず申請しておいてもよいと思う

では、これから開業する先生はどうすればよいのでしょうか。私自身は、開業当初であれば、とりあえず生活保護法指定医療機関の申請をしておいてもよいのではないかと思っています。一つには、開業当初はそもそも患者さんが少ないからです。開業直後は「来ていただける患者さんはありがたい」という時期でもありますし、生活保護を受給しているという理由だけで診療対象から外してしまう必要性も、それほど高くありません。

また、実際にやってみないと、自院にどの程度生活保護の患者さんが来るのかも分かりません。当院の場合は月に1〜2人程度ですので、この程度であれば書類業務も大きな負担ではなく、そのまま指定を維持しています。指定の更新についても毎年行うようなものではなく、原則として6年ごとの更新です。そのため、「指定を取ったら毎年大量の更新手続きが発生する」というものではありません。まず指定を受けてみて、実際の患者数や事務負担を見てから考えるという方法でもよいと思います。

一方で、患者さんが増えて経営が安定してくれば、考え方を変えてもよいと思います。生活保護の患者さんが増え、それに伴って医療要否意見書などの書類も増えてきた。通常の患者さんだけでも予約が埋まっていて、これ以上事務作業を増やす必要もない。そのような段階になれば、指定を維持するメリットと負担を改めて比較するのは自然なことです。

生活保護法指定医療機関は、一度指定を受けたら永久に続けなければならないわけではありません。指定医療機関としての指定のみを辞退することも可能ですし、逆に、開業時には申請せず、開業後に必要性を感じてから申請するという方法もあります。つまり、「開業時に絶対に申請しなければならない」「一度申請したらずっと続けなければならない」というものではありません。まずやってみて、自院の患者層や業務量に合わなければ見直す、という考え方でもよいと思います。

生活保護の患者さんを受け入れること自体への不安について

開業を考えている先生の中には、「生活保護の患者さんを受け入れると、何かトラブルが増えるのではないか」と心配される方もいるかもしれません。これについては、少なくとも私自身の経験では、生活保護を受給しているということを理由に、特別嫌な思いをしたことはありません。当院ではそもそもの人数が少ないということもありますが、基本的には行政を介して受診していただいており、必要があれば生活支援課などに相談することもできます。

もちろん、地域差はかなりあると思います。生活保護受給者が多い地域と少ない地域では、指定医療機関になった場合の患者数も全く違うでしょうし、近隣の医療機関がどの程度受け入れているかによっても、自院に来る患者数は変わります。そのため、これは制度だけを見て一律に判断するというより、その地域で開業して実際にどの程度の需要があるのかを見ながら考える問題なのだと思います。

また、当院のような完全Web予約のクリニックでも、生活保護を受給している患者さんは通常どおりスマートフォンから予約して受診されています。現在のところ、Web予約だから生活保護の患者さんを受け入れにくいということは特に感じていません。完全Web予約と生活保護法指定医療機関は、実務上十分両立できています。

まずやってみて、負担を見てから判断してもよい

結論として、私は開業当初であれば、生活保護法指定医療機関についてはひとまず申請してみてもよいのではないかと思っています。実際にやってみて、月に数人程度であれば、書類作業もそれほど大きな負担にはなりません。患者さんが増えるという意味では売上にもつながりますし、必要な医療を患者さんの自己負担をあまり気にせず提供できるという診療上のメリットもあります。

一方で、患者数が増えてくれば話は変わります。1枚2〜3分の書類でも、月に何十枚となれば相当な時間になります。しかも、その書類自体は無償で作成する必要があります。クリニックが忙しくなり、通常の診療だけで十分に経営が成り立つようになれば、「この事務負担を今後も引き受けるのか」と考えるのは当然だと思います。

最初から指定を受けないという選択肢もありますし、とりあえず指定を受けて、実際にはほとんど負担がないのでそのまま続けるという選択肢もあります。逆に、やってみたものの負担が大きければ、後から指定を辞退することもできます。開業時にはどうしても、「最初に正解を決めなければならない」と考えてしまいがちですが、生活保護法指定医療機関については、そこまで硬く考えなくてもよい制度だと思います。まず自院で運用してみて、患者数、書類にかかる時間、設備費用などを実際に見ながら、その時々で自院に合った形に調整していけばよいのではないでしょうか。