開業して数年経って、私はこの考え方がかなり大事なのではないかと思うようになりました。できないことは、もうできないと割り切る。滅多に行わない検査や処置についても、何でも自院で対応しようとはせず、必要であれば他院にお願いするという考え方です。
今回は主にミニマム開業に関わる話ですが、ある程度の規模の診療所にも共通するところはあると思います。何でもかんでも「できること」を増やそうとするのではなく、ある程度のところで「これはやらない」と決め、自院で対応する範囲を絞っていくという考え方について書いてみたいと思います。
開業時には、できることを絞って始める
開業するときには、実際にどのような患者さんが来るのか、どのような検査が必要になるのか、どのような処置をすることになるのかは、なかなか分かりません。そのため、「どの設備をどこまで準備すればよいのか」で迷う先生は多いと思います。
私としては、特にミニマム開業の場合には、最初から何でもかんでも手を出そうとせず、「これは絶対に必要だろう」というものに絞ってスタートし、必要になったものを後から追加していくというスタンスでもよいのではないかと考えています。
開業前はどうしても、「あれも必要かもしれない」「これがないと困る患者さんが来るかもしれない」と考えてしまいます。ただ、実際に診療を始めてみると、用意したものの一度も使わないものも出てきます。一方で、開業前には想像していなかったものが必要になることもあります。そうであれば、最初からすべてを想定して完璧に準備するよりも、必要最低限で始め、実際の患者層に合わせて少しずつ追加していく方が、少なくともミニマム開業とは相性がよいのではないかと思います。
特に一人の医師を中心に診療所を回している場合、どうしても時間、設備、マンパワーなど、さまざまな制約の中で診療することになります。病院や大規模な医療法人でできることと、小さな診療所でできることは全く違います。そのため、設備についても「できること」と「できないこと」をある程度明確に分けて、割り切る必要があるのではないかと思っています。
私はもう、できないことについては、あらかじめ「うちではできない」と決めてしまっています。もちろん、滅多に行わない検査や処置についても万全を期して、必要な器具や物品を準備しておくという考え方もあると思います。しかし、診療所を実際に運営するという観点では、滅多に使わないものを常に用意しておくのは、あまりコストパフォーマンスがよくありません。
例えば内科で、滅多に行わない外科的な処置のための物品を一通り揃えておく。あるいは液体窒素によるイボの処置までできるように準備しておく。成人患者がほとんどなのに、小児で使うノロウイルスやヒトメタニューモウイルスなどの抗原検査キットまで常備しておく。もちろん、それによって対応できる患者さんは増えます。
ただ、その検査や処置を年に数回しか行わないのであれば、そのために物品を購入し、保管し、期限を管理するということが、本当に自院にとって必要なのかという問題があります。購入費だけではありません。在庫管理が必要ですし、保管場所も必要です。医療材料には使用期限もあります。結局一度も使わずに期限切れになり、そのまま廃棄することもあります。
私はそういうところについては、ある程度割り切っています。滅多に出ないものについては在庫を置かず、自院では対応できないとする。そして本当に必要であれば、他院や専門のクリニック、病院にお願いする。何でも自院で完結させることを目指すのではなく、「これは自分のところではやらない」と決めてしまうわけです。
実際に「やらない」と決めた検査や処置
議論が分かれるところだと思いますが、私のクリニックでは点滴も現在はほとんど行っていません。開業当初は、一応点滴ができるように物品を準備していました。しかし、結局使うことがなく、一度も使わないまま期限切れになってしまいました。そのため、期限切れの物品を廃棄したタイミングで、「もう当院では点滴には対応しない」というスタンスに切り替えました。
これは単純にコストだけの問題ではありません。私のクリニックの場合、物理的に患者さんを寝かせて点滴をするスペースがありません。点滴を始めれば、その患者さんを一定時間観察する必要もあります。当然、その分マンパワーも取られます。開業前には「内科なのだから点滴くらいできた方がよいだろう」と考えていたのですが、2〜3年実際に診療所を運営してみると、「何でもできるように備えておくこと」が必ずしも合理的ではないと分かってきました。
さらに言えば、私のクリニックにはレントゲンもありません。エコーもありません。心電図もありません。自院でできる検査というと、血液検査を中心とした外注検査と、COVID-19やインフルエンザなど、成人で比較的よく使用する抗原検査キットくらいです。
それでも、今のところ何とか診療所として運営できています。もちろん、「何でも自院で診断できています」という意味ではありません。むしろ、「それ以上の検査が必要な患者さんについては、自院だけでは対応していない」という方が正確です。
例えば胸部の画像評価が必要で、ある程度急ぐ場合には、比較的大きな病院に紹介することがあります。単純にCTなどの画像検査だけをお願いしたい場合には、関東圏であればメディカルスキャニングのような画像診断に特化した医療機関もありますので、そうしたところにお願いすることもあります。
当然、内視鏡もありません。内視鏡については、近隣に内視鏡に特化して診療されているクリニックがあります。私自身が患者として実際に受診したこともあり、どのような診療をされているのか分かっているので、必要な患者さんについてはそちらに紹介しています。
もちろん、私のやり方が正しいとは全く思っていません。クリニックによって事情は全く違いますし、患者さんから「一体ここでは何ができるんですか」と言われることもあります。
それでも、この形になったのには実務的な理由があります。まず、テナント自体が狭いため、そもそもいろいろな機器を置くことができません。さらに、機器を入れたとしてもマンパワーの問題があります。時間帯によっては、私一人で患者さんを診ながら診療所全体を回さなければならないこともあります。そうなると、時間のかかる検査をじっくり行うこと自体が物理的に難しくなります。
加えて、昨今はいろいろなものの価格がかなり上がっています。検査機器を購入する費用だけでなく、保守費用や消耗品、関連する物品などのランニングコストもかかります。経営に十分な余裕がある診療所であれば、多少使用頻度の低いものを置いていても問題にならないのかもしれません。しかし、売上とのバランスを考えると、当院ではそこまで設備を維持するのは難しいという、かなり現実的な事情もあります。その結果、今のような診療形態に落ち着いています。
苦手な領域まで無理に抱え込まない
設備だけでなく、診療する患者さんや疾患の範囲についても同じことが言えると思います。私のクリニックは内科ですが、お子さんが来た場合には診察しています。そのうえで、小児科での診断や検査が必要だと判断した場合には、小児科へ紹介するという形にしています。
一方で、内科の先生の中には、小児診療があまり得意ではないという先生もいます。例えば医療モールで隣に小児科があるような立地であれば、「当院では成人のみ診療します」と最初からアナウンスしているクリニックもあります。これも一つの考え方だと思います。苦手なものや、自院では十分な対応が難しいものについては、無理に手を出さない。それを最初から診療範囲として明確にしてしまうというやり方です。
私自身にも、実際に診療してみた結果、「これはもう自分のところでは抱え込まない」と決めた領域があります。その一つがメンタル疾患です。開業当初はメンタル疾患についてもある程度診療していました。内科を受診される患者さんの中には、不眠や不安、抑うつ症状などを訴える方も少なくありませんし、当初は自分で対応できる範囲であれば診ていこうと考えていました。
ただ、実際に診療を続けていくと、精神科・心療内科として専門的に診療しているわけではない当院では、十分な対応が難しいケースもありました。結果として適切な専門診療につなげられなかったこともありましたし、ここでは詳しく書けないような診療上・運営上の問題もいろいろ経験しました。そうしたこともあって、現在はメンタル疾患について、自分のところでどこまで対応するのかをかなり明確に線引きしています。
少なくとも現在は、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を新たに処方したり、抗精神病薬など、いわゆる精神科で使用するような薬剤を当院から積極的に処方したりすることは一切やめました。自分のところで抱えられるのは、例えば比較的依存性の低い睡眠薬で軽度の不眠に対応する程度までだと考えています。それ以上の薬物治療が必要であれば、「ここから先は精神科の領域です」と患者さんにもお話しして、専門の精神科・心療内科を受診していただくようお願いしています。つまり、ベンゾジアゼピン系睡眠薬や抗精神病薬などを含めた専門的な精神科薬物療法には、もう自分から踏み込まないというスタンスです。
もちろん、内科疾患で通院されている患者さんに不眠や精神症状があるから一切診ない、という意味ではありません。最初の相談を受けたり、身体疾患との関係を考えたりすることはあります。ただ、そのまま自院で精神疾患の治療まで抱え込んでしまわないようにしています。以前はそこまで自分で何とかしようとしていたところもありましたが、実際にいろいろ経験した結果、専門家に任せるべきところは任せた方が、患者さんにとっても自院にとってもよいのではないかと考えるようになりました。
これはメンタル疾患に限った話ではないと思います。最初から何でも「診ません」とする必要はありませんが、実際にやってみて、「この領域は自院の設備やマンパワー、自分自身の専門性では十分な医療を提供するのが難しい」と分かったのであれば、途中でやめることも一つの判断です。できないものまで自分一人で抱え込むのではなく、できないことをきちんと明らかにして、より適した医療機関につなげる。これも診療所を長く運営していくうえでは、大事な考え方なのではないかと思っています。
自院ですべてを解決しなくてもいい
当院では小児も診ていますが、小児科特有の検査キットなどを一通り揃えているわけではありません。採血についても含め、小児科と同じような体制を整えることはあえてしていません。必要であれば近隣の小児科の先生にお願いしています。
さらに少し重症感があり、病院で検査した方がよいと判断した場合には、近隣の病院に紹介します。これは小児に限らず同じで、画像評価が必要であれば画像検査のできる医療機関へ、内視鏡が必要であれば内視鏡を専門にしているクリニックへ、精神科的な治療が必要であれば精神科へお願いするということです。
重要なのは、すべてを自分で解決することではなく、その患者さんを適切な医療につなげることだと思っています。自院の医療資源が限られているのであれば、地域にあるほかの医療資源を使わせてもらう。必要に応じて病院にもお願いする。それによって患者さんが大きな不利益を受けないよう、適切な場所につなげることができれば、開業医としては「60点くらい」は取れるのではないか、と私は考えています。
もちろん100点を目指せるのであれば、それに越したことはありません。本音を言えば、自院で詳しい検査まで行い、そのまま診断して治療まで完結できれば理想的だと思います。ただ、限られた設備、限られたマンパワー、限られたスペースの中で、自院だけですべてを解決しようとすると、どこかに無理が出てきます。
何か一つの分野に特化したクリニックであれば別として、一般的な開業医はジェネラリストに近い仕事をすることになります。すべての領域に対して、同じレベルで設備を揃え、同じレベルで対応するというのは現実的にはかなり難しいのではないでしょうか。だからこそ、自分のクリニックがどこまでやるのかを明確にしておくことが重要なのだと思います。
開業していろいろやってみて分かったのは、何でもできるようにして門戸を広げるというやり方だけが、生存戦略ではないということです。逆に、あるところで見切りをつける。諦める。あるいは「諦める」を「明らかにする」と捉えて、自分の置かれている状況を明らかにしたうえで、自分にできるところを見極め、あえて絞っていく。できないものは「できない」と言って、病院や専門のクリニックにお願いする。これも一つの生存戦略としては十分ありなのではないかと、今は考えています。
「やらないこと」を決めるのも経営戦略
「やらないこと」を決めることには、経営面でのメリットもあります。一番分かりやすいのは、余計なコストを減らせることです。滅多に使わない物品を購入しない。使用期限を管理しなくてよい。期限切れで廃棄するものも減ります。
そして、小さな診療所にとって意外に大きいのが、スペースです。診療所の面積に余裕がない場合、使用頻度の低い物品や機器を置いておくだけでも、かなり場所を取ります。その場所にも家賃がかかっていると考えれば、スペース自体もコストです。「いつか使うかもしれない」という理由だけで、ほとんど使わないものを置き続けることが本当に合理的なのかは、診療所の規模が小さければ小さいほど考えた方がよいところだと思います。
これまでは、経営にある程度余裕があれば、多少無駄なものを置いていても、どんぶり勘定で何とか診療所を回すことができたのかもしれません。しかし、昨今はいろいろなものの価格が上がり、人件費も上昇し、診療所経営を取り巻く環境はかなり厳しくなっています。
そうなると、診療所側も環境の変化に合わせて変わらざるを得ません。何を残して、何をやめるのか。限られた経営資源をどこに使うのか。特にミニマム開業では、この「選択と集中」がこれからますます大事になってくるのではないかと思っています。
もちろん、できることを減らすことにはデメリットもあります。患者さんのニーズに応えられないこともありますし、その場で検査できればすぐに診断できたものを、ほかの医療機関にお願いしなければならないこともあります。
それでも、何でも自院で抱え込んだ結果、固定費が膨らみ、診療所そのものが維持できなくなってしまっては意味がありません。できることを増やすだけではなく、やらないことを決めることも、診療所経営では一つの重要な判断なのではないかと思っています。
これからクリニックは二極化していくのではないか
今後、クリニックはある程度二極化していくのではないかと私は考えています。一つは、専門的な設備をしっかり揃え、自院の中でかなりのところまで診断・治療を完結させるクリニックです。例えば内視鏡に特化したクリニックであれば、内視鏡設備を充実させ、その領域についてはかなり専門的な診療を行う。さらに大規模になれば、レントゲン、エコー、CT、場合によってはMRIなども備え、医師も一人ではなく複数人、スタッフも多数配置して、病床はなくても病院外来に近いような規模で診療を行う。いわゆる「重装開業」です。当然、初期投資もランニングコストも大きくなりますが、「そこに行けばかなりのことをやってもらえる」という価値を作ることができれば、一つの方向性として成立すると思います。
一方で、その逆にあるのがミニマム開業です。検査機器やスタッフを最小限にして、自院で対応する範囲をかなり明確に絞る。専門的な検査が必要になれば、病院や専門クリニックに紹介する。固定費をできるだけ抑え、患者数や診療報酬が多少減ったとしても、その影響をある程度吸収できる経営体質にしておくという考え方です。例えば診療報酬が厳しくなれば、使用頻度の低い検査機器をやめてランニングコストを下げる。さらに厳しくなれば人員配置を見直し、場合によっては医師一人、事務スタッフ一人のような最小限の体制に近づけていく。固定費そのものを抑えることで、生き残る方向です。
逆に、これまで最も一般的だった中間層のクリニックが、今後は難しくなる可能性があるのではないかとも考えています。スタッフが何人かいて、レントゲンがあり、エコーがあり、診察室が2つくらいあって、いわゆる「開業医といえばこのくらい」という形のクリニックです。もちろん立地や診療科によって全く違うので、一概には言えません。ただ、この規模は固定費もそれなりにかかる一方で、大規模なクリニックほどの設備や差別化があるわけでもなく、ミニマム開業ほどコストを絞っているわけでもありません。例えば診療報酬などの影響で売上が10%減ったとしても、固定費まで10%減ってくれるわけではありませんから、利益への影響は売上の減少率以上に大きくなることがあります。そう考えると、中途半端に設備やスタッフを抱えた形が、今後厳しくなっていく可能性もあるのではないかと思っています。
大きく設備投資をして、「ここに来ればかなりのことができる」というところまで振り切るのか。逆に、徹底的にミニマムにして固定費を下げるのか。今後は、そのどちらかに寄っていくクリニックが増えていくのではないでしょうか。開業したばかりの頃は、「できることを増やした方がよい」と考えがちです。検査も増やす、処置も増やす、診療対象も広げる。そうすれば患者さんも増えるのではないかと考えますし、もちろん、それが正しいクリニックもあります。ただ、実際に小さな診療所を運営してみると、必ずしも「できることが多い=よい診療所」ではないと感じています。
限られた時間、限られたスタッフ、限られたスペース、限られた資金の中で、何を自分たちでやり、何を他の医療機関にお願いするのか。その線引きをきちんとする。そして、できないことを無理に抱えず、地域の医療資源につなげていく。それも開業医の仕事の一つなのではないかと思います。何でもできるようにするのではなく、できることを絞る。できないことには、手を出さない。少なくともミニマム開業を続けてきた私にとっては、それが今のところ一番現実的な診療所の形になっています。
