一般的にクリニックを開業する場合、多くの先生方はコンサルタントを介して準備を進めます。土地や建物の選定、設計、医療機器メーカーや検査会社の選定・見積もりなど、専門的な調整を含めてコンサルタントが間に入り、全体の流れをサポートする形が多いでしょう。これがいわば「標準的なクリニック開業の流れ」と言えます。
一方で、近年はリスクを抑え、必要最低限の設備と人員で始めるミニマム開業のケースも増えています。開業コストをできるだけ小さくし、自分の得意分野に絞って運営するようなスタイルです。今後もこうした小規模クリニックの開業は一定数続くと考えられます。
ただし、この形態ではコンサルタントを通さず、すべてを自分自身で進めなければならない場面が多くなります。開業準備の手続きや業者選定、資金計画、行政対応まで、幅広い判断と行動が求められるため、「自力で進める」現実的な大変さがあるのも事実です。
この記事では、そのようなミニマム開業を自力で進める場合の考え方と課題について整理していきます。
手続きから業者選定まで、すべて自分で行うことで全体を把握できる
クリニックを開業する場合、本当にやることが多いものです。まず最初に決めなければならないのは「どこで開業するか」という点です。ミニマム開業の場合、土地や建物を一から用意するのではなく、既存のビルに入居してテナントとして診療所を構える形がほとんどだと思います。その際には、どの物件を借りるか、家賃や契約条件をどう交渉するかといった段階から、すべて自分で判断して進める必要があります。
さらに物件が決まったら、次は内装をどうするかという検討に入ります。レイアウトの設計、導線の確認、壁材や照明などの細かい部分まで、決めることは山ほどあります。内装が固まってくると、今度は医療機器の導入計画です。どの機器を、どの会社から、どのグレードで導入するのか──これも非常に悩ましいポイントです。ひとつひとつの選定には費用やメンテナンスが関わってくるため、開業の規模に関係なく、どの先生にとっても最も労力のかかる工程になると思います。
こうした一連の手続きをすべて自分で進めるとなると、やはり相当な負担になります。私自身も一通り自分で行いましたが、「正直かなりきつかった」というのが本音です。ただその一方で、すべての流れを自分の手で把握できたという点では、後から振り返っても大きな経験になったと感じています。
税務や労務の知識も身につけておく必要がある
開業を進めるうえで、もうひとつ大きな負担となるのが税務や会計、労務に関する知識です。
これは避けて通れない部分であり、開業準備のなかでも時間と労力を要するところです。
たとえば、アルバイトスタッフを一人でも雇う場合には、労務関係の基本知識──つまり労働法や雇用契約の仕組み、勤務時間や給与に関するルールなどを理解しておく必要があります。
さらに、給与計算や経費処理を正しく行うためには、簿記3級程度の会計知識が求められます。これがないと、日々の取引や確定申告の際に苦労することになります。
また、人を雇う以上は労災保険への加入が必須になりますし、状況によっては社会保険の手続きや保険料の計算なども自分で行わなければならないことがあります。
こうした知識は、開業当初に一度覚えてしまえば後々にも役立つのですが、最初の段階ではどれも慣れない作業で、なかなか骨が折れる部分です。
つまり、ミニマム開業といえども、医師としての診療スキルだけでなく、経営者としての基礎知識を幅広く身につけておく必要があるということです。
会計ソフトは便利だが、慣れるまでに時間がかかる
現在は、パソコンさえあればクラウド型の会計ソフトを導入することで、会計処理や税金の計算、さらには社会保険や労務関連の計算まで、ある程度自動で行うことができるようになりました。以前と比べると、こうしたツールの普及によって開業業務はずいぶんと効率的になったと感じます。
ただし、実際に運用してみると、この会計ソフトの使い方に慣れるまでには、思いのほか時間がかかります。私自身の経験からしても、操作に習熟するまでにはそれなりの学習期間が必要でしたし、それぞれのソフトには独特の使い勝手やクセがあると感じました。
最近のソフトは非常に高機能で、一つのシステムの中で多くの処理が完結するように設計されています。その一方で、実際に日常業務で使う機能以上のものが多数組み込まれており、かえって操作が複雑になっている面もあります。必要な機能を探し出して、目的の処理を最後まで完了させるまでに、思いのほか時間を要することも少なくありません。
このように、便利になった反面で、「多機能ゆえの使いにくさ」や「学習コストの高さ」といった、いわば便利さの裏側にある負担も感じます。ミニマム開業を目指す場合でも、このようなソフトの操作に慣れるまでの時間は、あらかじめ見込んでおくことが大切だと思います。
一人で進めるのは本当に大変
正直なところ、開業準備を一人で進めるというのは本当に大変です。
私自身もすべてを自分の手で行いましたが、「もう二度とやりたくない」と思うほど大変でした。
たとえ今の自分が当時よりも知識や経験を積んでいたとしても、それでももう一度やりたいとは思えないほどの労力だった、というのが率直な感想です。
大変さやリスク、そしてそこから得られるベネフィットを冷静に考えると、ミニマム開業は、コストパフォーマンスという点では決して良いとは言えないと思います。むしろ、やや割に合わないというのが現実に近いでしょう。
今振り返ってみると、当時の自分に「戦略を立てて、非常勤勤務をいくつか掛け持ちしながら働く」という選択肢を勧めたかもしれません。その方が金銭的にも、労力的にも、精神的にもバランスが取れていたように思います。
開業というのは、理想や意欲だけでは乗り越えられない部分が多く、特にミニマム開業の場合はサポートが少ない分、すべての判断を自分で背負うことになります。
その分、自由度は高いですが、裏を返せばそれだけ責任と負担も大きくなる、という現実があります。
事務手続きは避けられないが、やっておくと後で必ず役に立つ
開業にあたっては、医療面以外にも事務的な手続きが非常に多いのですが、ミニマム開業の場合はそれらもすべてご自身で行うことになります。結局のところ、「誰かに任せる」という選択肢が限られているため、自分でやらなければならないというのが実情です。
ただ、こうした手続きを自分で経験しておくことは、後になって必ず役に立ちます。というのも、独立後に発生する事務作業というのは、一度きりではなく、経営を続ける限りずっとついて回るものだからです。
仮に開業当初にコンサルタントのサポートを受けたとしても、その後ずっと継続して面倒を見てもらえるわけではありません。サポートを延長すれば当然費用もかかりますし、ミニマム開業のようにコストを抑えた運営を目指す場合は、やはり最終的には自分でやらざるを得ません。
もちろん、税理士や社労士に依頼することもできますが、実際に運営してみると、日々の細かな手続きや申請など、自分で把握しておくべき部分が非常に多いことに気づきます。
しかも、プロに任せていたとしても、完全に丸投げしてしまうと、思わぬところでトラブルになることもあります。実際、私の経験でも、税理士さんの計算ミスをこちらから指摘したことがありました。専門家に任せているとはいえ、やはり最終的な責任は自分にあるという意識は持っておいた方が良いと思います。
このように、事務作業を自分の手で行っておくと、後々、何か問題が起きたときにも「どこを直せばいいのか」「誰に相談すればよいのか」が自然とわかるようになります。
最初は大変ですが、長期的に見れば大きな財産になる経験だと思います。
そもそも、コンサルが相手にしてくれない可能性も高い
ミニマム開業のように、初期費用をできるだけ抑えた形態の場合、そもそもコンサルタントが相手にしてくれないことも少なくありません。これは、開業費用が小さいとコンサル側の報酬も限られてしまうためです。
たとえば、開業費が1億円規模のクリニックであれば、仮に手数料が1割だとしても1,000万円の報酬になります。しかし、初期費用が1,000万円のミニマム開業の場合、同じ割合でも手数料は100万円です。額としては決して小さくありませんが、コンサル側から見ると労力に対して割が合わないことが多いのです。
開業支援という仕事は、規模が違っても手間のかかる作業があまり変わりません。にもかかわらず報酬が大きく減るとなると、ビジネスとして受けにくい。結果的に、ミニマム開業を希望する医師は、自分自身で準備を進めざるを得ないという状況に置かれることになります。
現実的には、ある程度の規模の開業であれば、コンサルに依頼するメリットも大きいと思います。資金調達、設計、業者交渉などを一括して任せられるのは効率的です。しかし、小規模なミニマム開業では、その費用を捻出するのが難しく、最終的には自力で動くという選択に落ち着くケースが多いのが実情です。
規模が大きい開業では、すべてを自力で行うのは難しい
ある程度の規模があるクリニックの開業になると、すべてをご自身で進めるのはやはり現実的に難しくなってきます。私自身は大規模開業の経験はありませんが、想像するだけでも、労力が相当なものになると感じます。おそらく人間一人に負える量ではないかと思われます。
開業の規模が大きくなれば、動くお金の額も当然桁が変わります。土地を購入して建物を建てる場合などは、資金調達だけでも大きなハードルになります。銀行や信用金庫との交渉、融資のための資料作成、見積書の比較や契約条件の精査など、どれを取っても時間と労力がかかります。
こうした一連の作業を、すべて自分一人でこなすのはやはり現実的ではありません。そのため、一定の規模を超える開業では、専門家やコンサルタントの力を借りるのが合理的だと思います。
ただ、たとえコンサルに依頼したとしても、「丸投げ」にするのはおすすめできません。どんなに信頼できる業者であっても、最終的な判断はご自身に委ねられます。大きなお金が動く分だけ、意思決定の重みも増します。全体像を把握し、必要なポイントには必ず自分で関わる姿勢が大切です。
要するに、規模が大きいからこそ、「任せきりにしない」ことがリスク回避になるということです。すべてを自分でやる必要はありませんが、どこで、誰が、何をしているのかを理解しておくことは、経営者として不可欠だと思います。
