現代クリニックの開業にはいくつかのスタイルが考えられます。従来は良くも悪くも無難というか、どこも似た形態のクリニックが多かったように思いますが、現代は専門的なものに特化する形態や、診療時間を工夫するなど、様々な形態のクリニックがみられるようになりました。クリニックのタイプにも多様性が広がっています。今回はクリニック開業のスタイルについて考えていこうと思います。
現代クリニックの分類
私見ですが、現代のクリニックには大きく分けて3パターンが考えられます。
①従来型の一般的なクリニック
一つ目は従来型の一般的なクリニックで、多くの人が想定する一般的なクリニックの要素を一通り満たすものです。スタッフは医師1名、看護師1名、事務スタッフ2-3名は少なくとも常時いる体制で、たとえば内科クリニックであれば、レントゲン、エコー、心電図等の機器を揃え、地域医師会に加入し、健康診断やワクチン業務も請け負い、訪問診療もある程度対応するというような形態です。現在も土地が広くとれる地方で、一戸建てを建設して行う、ある程度大きい規模のクリニック開業では、こちらのスタイルが多いと思います。従来からある形態なので開業とする場合、多くの先生がイメージする形態だと思います。
②何かしらの特色を打ち出して、それに特化するクリニック
2つ目は従来型のクリニック形態ではなく、何かしらの特色を打ち出して、それに特化するクリニックです。訪問診療に特化し外来を持たないクリニックは、今では珍しくない形態です。内視鏡検査に特化するクリニックや、都内では粉瘤手術や性病に絞った診療を行うクリニックもあります。また診療内容ではなく、夜診療専門で、17時から診療している駅チカクリニックもあります。最近はこのような尖ったクリニックも増えています。
③ミニマム、コンパクト化クリニック
3つ目は従来型のクリニックの機能を大きく削り、ミニマム、コンパクトに展開するパターンです。検査機器は最低限なものに絞り、内科でもレントゲン、エコーを置かないケースもあります。従来から精神科での開業は、検査機器が少なく初期投資が少ないパターンでの開業はありましたが、これを他科にも適応した形態です。
またスタッフも最小限に絞り、医師1名、事務職員1名の2名体制や、極端な例では医師1名のワンオペレーションの場合もあります。
従来型の一般的なクリニックのメリット、デメリット
ここでは上記の3パターンについて、メリット、デメリットを考察していこうと思います。
従来型の一般的なクリニックのメリット
多数派であるという安心感
従来型のクリニックのパターンは圧倒的にマジョリティであり、似た形態のクリニックが多いという安心感があります。多くの患者さんにも何をやっているかイメージしやすく、受診する敷居も低いです。また業者もメジャーなクリニックの形態には慣れているので、開業時の内装や、設備の手配なども、スムーズにいく可能性があります。多くのクリニックは、今までの前例でみれば、成功してきた例が多いです。普通にやって、普通に流れにのれば、成功できる可能性は少なくないと考えられます。
従来型の一般的なクリニックのデメリット
コストがかかる
従来型のクリニック形態は、どうしても初期投資、ランニングコスト共に高額になりやすいということです。借入金がなければまず不可能だと思います。借入金の返済期間も10年以上に及ぶことが普通で、そのため長期的に成功する必要があります。
差別化がしにくい
マジョリティであることは、似たクリニックが多いことの裏返しであり、クリニックが飽和している地域では差別化がしにくいというデメリットもあります。同じような形態のクリニックが近隣に増えた場合、徐々に患者数が低下していくリスクは大きいです。
今後の見通しが不安定
最大の問題は、今まで上手くいった形態が、今後も通用するかどうかは、誰にもわからないということです。保険診療の医療業界が厳しいことは、誰の目にも明らかであり、今までのやり方が通用しなくなる可能性は十分あると思います。特にこの形態では借入金が高額になるため、10年、20年単位で借入金返済が、予定通りできるかという不安もあります。
失敗すると、取り返しがつかない
こちらの形態では、一般的に億単位の初期投資になるかと思います。そして万が一経営が思い通りにいかず、撤退することになった場合、先生の人生に致命的なダメージを与えることになります。勤務医に戻っても、億単位の借金返済はかなり難しいです。再起不能になる可能性も十分ある、かなりリスキーな勝負になります。
何かしらの特色を打ち出して、それに特化するクリニックのメリット、デメリット
何かしらの特色を打ち出して、それに特化するクリニックのメリット
特色があれば、差別化ができる
多くのクリニックは似たりよったりで、なかなか差別化が難しいですが、何かに特化すれば突き抜けることも可能です。差別化して、需要がある分野であれば、遠方からでも患者さんは来院されます。内視鏡に特化する場合や、日帰り手術に特化する形態では、電車を乗り継いででも患者さんがみえます。
何か特色があるクリニックは、競合にも左右されません。クリニックの経営で難しいところの一つに、開業後も、近隣で似た形態のクリニックが開業することです。その場合、患者さんの取り合いになることは避けられませんが、こちらの形態ではそれがないという強みもあります。
当たれば大きい
特定の分野で大きく成功している先生もおり、経営が成功すれば経済的に豊かになれる可能性があります。厳しいと言われる保険診療の分野でも、形態を工夫すれば、まだまだ夢があるといえます。
何かしらの特色を打ち出して、それに特化するクリニックのデメリット
尖った分野がハズレた場合、集患が難しくなる可能性がある
もし狙った分野が外れた場合、全然患者さんはみえず、経営に苦労する可能性があります。しかしこちらの形態で開業する場合は、かなり戦略を立てて行うと思いますので、むしろ下記のリスクのほうが大きいです。
技術革新で需要が減る可能性
例えば内視鏡に特化してクリニックを作った場合、数年後に技術革新が急に起こり、従来型の検査の需要が大きく落ち込むという可能性は否定できません。これは現実的に起こり得るリスクであると思います。
少し毛色は違いますが、医療脱毛の分野では機械の進化により、エステでも従来よりも効果の高い脱毛が可能となったことで、患者さんの奪い合いが起きています。またこれはあまり知られていませんが、最近はセルフ脱毛という第3勢力も現れており、さらに医療脱毛の需要を脅かすリスクがあります。技術の進化により、大きく勢力図が塗り替わるということも歴史をみれば現実的に起きています。そのためこちらの形態では、最初に狙った形態が通用しなくなるリスクを常に抱えることになります。
設備が高額になりがち
訪問診療に特化する場合は別ですが、検査や手術に特化する場合は、クリニックでもある程度の設備投資が必要になるため、初期投資は大きくなりがちです。保守コストも、保険もお金がかかります。金銭的なリスクは、従来型の形態とそう変わらないケースもあるかと思います。
高点数で指導が入る可能性
検査、手術を行う場合、どうしても保険点数は高くなりがちです。保険診療では点数が高い場合、何も悪いことをしていなくてもそれだけで審査の対象になります。そのため普段からカルテ記載や、同意書関連の処理も、確実に揃えて審査に備える必要があります。個別指導が入った場合は時間もとられ、先生にかかる負担も大きいので、結構厄介です。
ミニマム、コンパクト化クリニックのメリット、デメリット
ミニマム、コンパクト化クリニックのメリット
初期投資、ランニングコストが少なめ
ミニマム形態のクリニックでの最大のメリットは、初期投資もランニングコストも、他の形態に比べれば圧倒的に抑えられる点です。ミニマム開業では、テナントも狭めで、検査機器も最小限なので、初期投資で高額なものは内装費用くらいです。工夫すれば初期投資を1000万円ほどに収め、先生によっては自己資金のみでの開業も可能だと思います。ランニングコストでもっともかかるものは、人件費ですがこちらも最小人数で回せば、最小限に抑えられます。家族経営、またはワンオペであれば最大のランニングコストをフリーにできます。これは強いです。
失敗しても致命傷にはならない
万が一、上手く行かず撤退する事になっても、人生を詰むようなことにはなりません。借入金が多少残っていても数年我慢すれば、返済して、人生をやり直すこともできます。
少し話はズレますが、たとえ勤務医に戻ったとしても、クリニックを経営したという経験はすごく大きいです。勤務医だけを続けていた先生とは、経験や視点が全く異なります。勤務医として再就職する場合も、経営や保険点数の構造がわかっている先生というのは、非常に貴重な存在なわけです。特にクリニックの医師募集では、喉から手が出るほどほしい人材になります。
クリニックでは、医師の処方や検査が経営に大きく影響するわけですが、大半の医師は保険のことなど考えずに、純粋に医学的な側面で診療をしています。そんなときに、保険で切られない処方、より高収益をあげられる検査オーダー、患者満足度も考慮して診療にあたることができる医師が応募してきたら、経営者としてはどうでしょう。待遇を引き上げてでも採用するはずです。医師は多くいても、クリニックを経営した経験がある医師は圧倒的に貴重な人だからです。
人間関係のストレスが少ない
クリニックの経営者の悩みは、経営がある程度乗った場合、スタッフの人間関係や、採用に頭を悩ませるようです。お金にはあまり困っていないけれど、人間関係やスタッフの管理に苦しむ先生は実は少なくないようです。
ミニマム形態ではそもそもスタッフ数が少ないので、人間関係の悩みはほぼなくなります。スタッフも一人体制だと、スタッフ同士でもめることもありません。私のように受付一人、医師一人だとストレスがありません。
滅多なことでは潰れない
ランニングコストが小さいクリニックでは、損益分岐点を上回ることが、他の形態に比べれば、比較的容易です。一度ある程度の形態で安定すれば、滅多なことでは潰れません。
医療機関が経営破綻するケースでは、ある程度の規模で行っている場合や、一等地で家賃が高いなど、ランニングコストがかさんでいるケースが多いです。経営がうまく行っている間はいいですが、なにか一つでも変数が動くと、患者数の減少から、経営が厳しくなってしまう場合があります。人件費、家賃を含め、ランニングコストは急には削れません。見た目が華やかなクリニックでも、何らかの理由で収益が減ると、ランニングコストの重さに耐えられず、経営破綻してしまうのです。逆に意外にも小さいクリニックはランニングコストがかからないので、あまり流行ってなさそうに見えても、意外にしぶとく潰れないのです。
各種査定も対象にならない可能性が高い
保険診療で査定の対象になる要素の一つに高点数がありますが、せいぜい血液検査を行うクリニックでは、高点数の査定には引っかからないでしょう。
また税務関係でも措置法第26条のみなし経費を適応する場合、税務署も相手にしません。保険診療のみで、こちらの形態では、収益を少なく見せることもできず(保険診療は国に全て把握されています)、経費も水増しできず(みなし経費のため)構造的に脱税が不可能だからです。
労務環境等でも、そもそもスタッフが最小ならば、問題が生じる可能性は限りなく低いです。労災保険等の届け出を忘れないようにすれば大丈夫です。
まとめると、行政から目をつけられにくく、相手にされにくい(相手にしても何もしようがない)ので、こちらの余計なストレスがなくなります。
ミニマム、コンパクト化クリニックのデメリット
構造上、大儲けはできない
これはミニマム形態の最大のデメリットですが、構造上、大儲けはできません。対応できる患者数に限りがあり、検査機器が少ないため他のクリニックよりも患者単価は低くなりやすく、先生がどんなに頑張っても収益には上限があります。措置法第26条の保険診療収入5000万円には届かない可能性が高いと思われます。またクリニックが当初の想定以上に成功し、多くの患者さんが来院されても、全てに応えることができない可能性もあります。
院長がマルチプレイヤーでなくてはならない
ミニマム形態では、スタッフを絞るため、レセプト専任の事務さんや、採血や処置をする看護師さんを雇うことは難しいです。そのため基本的に先生が、クリニックにまつわるすべての仕事を把握し、行わなければなりません。これは先生によっては、一番つらいことかもしれません。
そのため先生は開業にあたって、レセプト、税務、労務、経営など、多くのことを新たに学ばなければならず、開業当初は非常に負担が大きいです。頭がおかしくなりそうな時期があると思います。
しかしこちらのデメリットは、メリットと表裏一体で、すべてをご自身で把握できるようになれば、経営を一本の線で見渡せるようになるので、安心感もあります。すべての業務を把握できる経営者は、経営を大きく誤ることはありません。ご自身ですべてを把握しているため、致命傷になる前に気づいて対処できるからです。
事務仕事が多い
これは上記の続きですが、開業医は事務仕事が多いです。ミニマム開業では事務的なことも院長が行いますから、結構大変です。そのため一度書いた書類はテンプレ化するなど対策を取り、どんどん効率化していく必要があります。そうしないととても回りませんから。
今の時代はITに強くないときつい
クリニックに関する全てをご自身で把握するには、今の時代は上手にITを使う必要があります。私も各種ITツールを駆使することで、効率化を推し進め、時短や手間の削減に取り組んでいます。Googleスプレッドシートで、経営状態や固定費の把握、会計ソフトはクラウド、簡単なプログラミングを使用して、グーグルカレンダーにスタッフ予定の一括入力など、その程度ではありますが、少しの時短が、年単位でみると意外に大きな時間になります。テンプレのフォルダ作成なども、Pythonの簡単なプログラミングができると、一瞬でできるので感動します。
またクリニック運営で、パソコンがトラブった際も、先生が対処できなければなりません。今の時代は電子カルテですから、パソコンのトラブルに対処できないと、すべての診療が止まる可能性があります。
外注検査費用は足元をみられる
これは少し毛色が異なりますが、ミニマム形態では検査数が少ないため、外注検査費用は他よりも高めに設定される、または断られるケースもあります。これはある程度やむを得ないと思います。検査会社も回収のコストがかかりますから、なかなか採算がとれないのでしょう。人口が多い地域のクリニックではまだいいですが、交通の便が不便な場所だとなかなか大変かもしれません。ミニマム形態で開業する際は、検査会社の場所や回収ルートも考慮する必要があります。
当院の形態
当院は上記のうちではミニマム形態に該当します。また特色としては、完全予約制、発熱外来、会計が早い、という点があります。
当院はミニマム形態
ミニマム形態なので検査機器もなく、検査は外注の検査と、抗原キットくらいです。スタッフも受付事務が一名で、ときにワンオペのときもあります。ランニングコストが最小になるように、努力をしています。
スタッフを削った分は、私が動かなければなりません。私がマルチに動くことでなんとか対応しています。レセプトも診療と同時に私が行い、日々の帳簿付け、検査キットや消耗品の発注、行政への届出、業者とのやり取り等、すべて私が行います。また診療後の清掃や、備品のチェック、乾電池の充電など、非常に細々した仕事も私が行っています。マルチプレイヤーとして様々な業務をなんとか一人でこなしている日々です。
当然なかなか大変なので、できるITツールは積極的に取り入れて、業務の効率化や、時短できる業務は常に見直し、またなるべく仕事を単純化して、一度やった業務は自分用にマニュアル化して、わかりやすくするように取り組んでいます。以前ご紹介したスプレッドシートもその一つです。最近はChatGPTを導入し、プログラミングを学びつつ、少しずつ業務に応用しています。開業医で使えるプログラミングについては、別記事でも取り上げてみたいと思います。
当院の特色
当院は特別な機械があるわけではないので、診療内容では特徴はありません。しかし運用の部分で特色を出しています。
デジタルを駆使することで、完全予約制に対応し、直前まで予約、変更、取消しが容易にできるシステムにしています。予約制は一般的に受診の敷居が上がってしまいますが、予約の取りやすさと、変更、キャンセルも容易にすることで、予約自体の敷居を下げるようにしています。
発熱外来は通常外来と導線を分離することで、多少の特色を出しています。これは今後珍しくなくなるでしょうが、いまのところは一つの特色です。特に通常の患者さんが、インフルエンザ流行期等も安心して受診できるので喜ばれています。
他のクリニックにはない当院の特徴は、診療後から会計までの時間が圧倒的に早いことです。診療後にお待たせすることはほぼありません。これは私がレセプト業務を行うことで、事務スタッフを介さず、また事前のカルテ作成と、電子カルテのセット機能、自動算定機能をフル活用することで実現しています。これについては日本でも屈指の特色だと思います。患者さんにとっては、診療までの待ち時間はまだ許容できても、診療後の会計までに何十分も待たされることがストレスになるようです。会計もデジスマ決済の場合は一瞬なので、診療後に処方箋をお渡しして終了です。これはタイパを重視する若い世代の患者さんからも好評です。
実際のところ
ただ実際には、色々と工夫をしても患者さんが少ない日もあり、日によっては手が空く時間が多くあるので、なかなか大変ではあります。ミニマム形態なので、ある月に急に潰れるようなことは考えにくいですが、徐々にジリ貧になるリスクはあります。今後の保険診療の動向に左右され、さらにコスパやタイパを重視する患者さんが、オンライン診療に流れることも懸念されます。そうなればまた私も形態を変えて、世間の動向に対応していかなければなりません。
支持する患者さんがいれば、生き残れる
クリニックには、色々なスタイルがあります。しかしどのような形態であれ、結局は通ってくれる患者さんがいれば、生き残れるのだと思います。無難な形態でも、尖った形態でも、支持する患者さんがいれば、クリニックは栄えます。
クリニックの経営戦略は、場所、競合、診療科、先生の考え、人口動態、住民の年齢層など、ものすごく変数が多いので、なかなか開業していないとわからないことも多いです。開業して数年経ちましたが、私もまだまだわからないことだらけですが、少しでも参考になれば幸いです。