クリニックを開院する場合、損益分岐点というのは多くの先生が意識されると思います。損益分岐点については、いくつか考え方があると思いますが、規模の小さいクリニックにおける、当院での考え方についてもご紹介していこうと思います。

クリニックは損益分岐点を超えるのに時間がかかる

一般的にクリニックは開院してから安定するまでの立ち上がりが遅めです。飲食店は開業後に多くの人が集まりますが、クリニックはできたから、試しに行ってみようとなることは稀です。また慢性疾患の患者さんは、すでにかかりつけがありますから、そこを変えようとすることはまずありません。患者さんにとっては、通うのが不便であったり、多少の不満があっても、かかりつけの医師を変えるというのは、かなり敷居が高い行為だからです。

そのためクリニックを開院しても、特に落下傘開業の場合は、しばらくは患者さんが少ない状況が続くと思います。その分収益も増えるのに時間がかかるので、損益分岐点を超えるのには数ヶ月、固定費が大きいクリニックによっては年単位でかかることも予想されます。

損益分岐点の考え方

損益分岐点については、色々な解釈があるようです。新規開業の場合は、個人事業主になりますから、経費に先生の給与は含まないのが普通だと思います。売上から経費を引いて残りから、税金を支払った残りが先生の生活費になります。会計上の厳密な定義からは少しズレますが、実務上わかりやすく、経営に役立てるために、下記の2パターンで考えてみようと思います。

パターンA:損益分岐点 = 売上 ー 経費 
パターンB:損益分岐点 = (売上 ー 経費) ー 税金 ー 先生の生活費

(※少し見づらいですが、 ー はマイナスです。また厳密には、損益分岐点売上高などと表記する方が正しいのかもしれませんが、ここでは大目に見てください。)

パターンA

パターンAは単純にクリニックの運営のみを考えたパターンです。経営初期などはこちらが目安として使いやすいです。

たとえばアルバイトなどの他の収入があり、ひとまず先生の生活費はそこで賄える場合は、こちらのパターンAがマイナスにならなければ、ひとまず生活ができてクリニックも存続できることになります。

パターンB

パターンBは先生の生活費も含めての計算です。収入源がご自身のクリニックのみの先生や、アルバイト等で生活費がすべて賄えない場合は、こちらで計算する必要があります。実際はこちらのパターンBの先生が圧倒的に多いと思います。

パターンBでもプラスになっていれば、生活とクリニックの存続は問題ないわけです。プラスになった分は、先生の資産になります。キャッシュが増えてくれば、閑散期に多少マイナスになるような月がでても、経営的に安定していきます。パターンBで継続的にプラスが続けば、先生の資産は右肩上がりに拡大していくわけです。

損益分岐点をいつ超えることを目指すのがよいか?

これはクリニックの規模や状況によって千差万別で、一般化は難しいと思います。かなり設備投資をして、重装開業の場合は、たとえばパターンAの考え方での損益分岐点を超えるのは1年近くかかるかもしれません。しかしその後大きく収益を上げていく可能性もあります。

逆にミニマム開業であれば、開院した初月にパターンAでプラスになることも珍しくないと思います。しかし規模から売上を上げるには構造上の限界があり、収益はどこかで頭打ちになることは避けられません。

パターンAの考え方で、マイナスが続くのはかなりきつい

パターンA はクリニックの収入よりも経費が多い状態ですから、精神的にかなりきつい状態になると思います。生活費の他に、クリニックの赤字分も先生が補填しなければならない状況です。アルバイトにも限界があると思いますし、アルバイトの給与所得は税金も引かれます。(厳密には年末で事業が赤字なら一部相殺できますがこれは避けたいです。)

少なくとも、パターンAでプラスになることは、開院してなるべく早く目指したい状態になります。

パターンBでプラスになれば、一つの段階は超える

パターンBでプラスになれば、ひとまず安心できます。ギリギリプラスであっても、少なくとも先生の資産が目減りしていくことはありません。時間をかければ経時的にプラスが拡大し、その後資産が増えてくことも期待できます。

クリニックを経営していると、どうしても閑散期や思うように売上が上がらない時期もありますが、閑散期でさえもパターンBでプラスになれば、もう安泰です。経営としては盤石と言えるでしょう。

借入金の問題

上記では言及しませんでしたが、借入金の返済も重くのしかかってきます。経費に含めて考えていれば、問題ありませんが、クリニック開業では、通常は猶予期間を置くと思います。その場合、半年後や1年後に借入金を含めた経費を考えなくてはなりません。

(※ここでは深く突っ込みませんが、借入金は、金利については経費にできますが、元本は税引き後のお金から返済することになります。要するにキツイということです。)

当院の経過

当院の場合は、COVID-19流行下ということもあり、全く一般化できないと思いますが、実例としてご紹介してみます。当院はかなり経費を縮小したミニマム形態での開業のため、固定費はかなり抑えていました。特に開院当初は家族経営でスタッフもおらず月額30万円+αほどでした。発熱外来の追い風もあり、幸いにして、開院初月から、パターンAの考え方でプラスになりました。

その翌月は、収益的にはパターンBでもプラスにはなったのですが、これはCOVID-19の補助によるところが大きく、全く想定外の事態でした。その後ご存知のように、COVID-19が5類感染症になり、補助が順次終了して、一時期バブルのような状況であった収益が大きく目減りしました。それでもしばらくはパターンBの考え方で、プラスが続きましたが、世間の考え方も平時の状態に戻ってきた結果、発熱関連での受診者数も減少しています。月によっては、パターンAではまだ余裕があるものの、パターンBでは厳しい月があります。開院して3年以上経った今でも、なかなか厳しい状況は続いています。

正直に言って、COVID-19流行下で収益が良い間は、経営がどんぶり勘定になってしまい、なかなか細かいところまで経費の目が届かなくなっていました。それよりも世間の混乱や。行政との各種のやり取りなど、収益よりも他の部分でのストレスが多く、お金はかかっても負担軽減のために外注した業務もあります。税理士業務を外注したのもこのときです。その時は確かにやむを得なかったとも思います。

しかし混乱も落ち着き、収益も減ってきた段階で、いままで放ったらかしになっていた、コスト見直しに取り組みました。聖域なきコストカットを自分に課して、削れるところはどんなに細かいところも削るように努力しています。その結果、税理士の外注を中止し、またランニングコストが高額であった自動精算機も解約することにしました。その結果、年間では90万円ほどのコストカットに成功しました。経営が良いうちはなかなか踏み切れませんでしたが、お尻に火がつけば、なんとでもなるものだと学びました。

しかしながらコストカットを行い、仕入れ先の工夫など、できることは行っても、クリニック経営というのはなかなか難しいです。しかも昨今の物価上昇がクリニックの経営にも、自分の生活にも大きな影響を与えています。安心して悠々自適に暮らすことは、当面難しいようです。生きている限り悩みは尽きないのかもしれませんが(笑)。