一般的に診療所を開業した場合、会計や税務については税理士に依頼する先生が大半だと思います。当院でも開業当初は税理士に依頼していましたが、いくつかの経緯を経て、自身で対応する方針に切り替えました。今回、契約終了後初めて自力での確定申告を終えたため、その実務的な経験について共有できればと思います。
当院の会計業務の変遷
まず当院における会計・税務業務の変遷について簡単に共有します。当初は税理士に依頼せず、自身で対応する方針でした。そのため簿記3級レベルの基礎を学び、複式簿記の初歩を理解したうえで、会計ソフト(マネーフォワード)を導入し、日々の仕訳や備品購入時の処理などは自力で行える状態まで準備していました。実際、日常的な会計処理自体はそれほど難しいものではなく、開院当初は自力で運用する前提で進めていました。
しかし、開業直後にCOVID-19による社会的混乱があり、診療報酬制度も含めて状況が大きく変動しました。結果として想定以上に患者数が増加し、業務全体が逼迫する時期がありました。この段階で、会計業務まで含めて自力で対応するのは現実的ではないと判断し、税理士に相談のうえ、最初は初年度だけでもという相談で、関与していただくことになりました。
その後、おおよそ3年にわたり税理士に依頼してきましたが、実務としては日々の帳簿付けや領収書の整理などはすべて自身で行い、決算や確定申告、あるいは不明点が生じた際に相談するという形が中心でした。小規模な診療所における会計業務は比較的シンプルであり、日々の記録と月次の整理を継続していれば、大きな負担にはならないという実感もありました。
その後、コロナ禍が落ち着き、経営環境が変化する中で、コストの見直しが必要となりました。その一環として税理士費用も検討対象となり、最終的に契約を終了し、再び自力で対応する方針へと切り替えました。これはおよそ1年ほど前のことになります。
日常業務については問題なく対応できていた一方で、確定申告についてはこれまで自分で一から行った経験がなく、作業量や不確実性も含めて心理的なハードルは高く、実際に着手するまでは負担に感じる部分も大きく、正直憂鬱でした。今回、その確定申告を自力で完了した経験を踏まえ、実務的にどのような点が負担となり、どこが現実的に対応可能であったのかについて、以下で整理していきます。
まず何から手をつければよいのかが分からない
最初に直面したのは、何から手をつければよいのかが分からないという点でした。確定申告を自力で行おうとすると、そもそもどのソフトを使えばよいのかという段階で迷います。国税庁が提供しているe-Taxを利用すればよいという認識はあったものの、実際に公式サイトを見ると複数のソフトや方法が提示されており、どれを選択すべきかが直感的には分かりにくい構成になっています。結果として、最初の一歩の段階で立ち止まってしまう、というのが率直な実感でした。
開業医の確定申告ではe-Tax(Web版)だけでは完結しない
過去に確定申告を自身で行った経験のある先生の中には、e-TaxのWeb版を使用された方も多いかと思います。Web版は案内に沿って進めることができ、比較的使いやすい点が特徴ですが、開業医の確定申告に必要な一部の書類については対応していないものがあります。
結論として、開業医が自力で申告を行う場合には、e-Taxソフトのダウンロード版(パソコンにインストールするタイプ)を使用する必要があります。私自身、この点に気づくまでに時間を要し、初期段階で手が止まってしまったのが実情でした。
一方で、ダウンロード版だけですべてが完結するわけではありません。自動計算が十分でない部分もあるため、最終的な税額の確認についてはe-TaxのWeb版を併用する方が安全です。したがって、実務上はダウンロード版とWeb版を使い分ける形になります。
なお、e-Taxソフトのダウンロード版はWindows環境が前提となっており、Macを使用している場合にはこの点も一つの制約となります。
電子証明書はマイナンバーカードで対応可能
電子証明書についてはさまざまな説明がありますが、個人の開業医が確定申告を行う場合には、先生個人のマイナンバーカードで対応可能です。追加で電子証明書を取得する必要はありません。
ただし、電子申告を行うためにはマイナンバーカードを読み取るカードリーダーが必要になります。市販のもので問題なく、数千円程度で購入可能です。
e-Taxソフト(ダウンロード版)の操作に慣れるまでに時間がかかる
e-Taxソフト(Web版)は比較的操作しやすい一方で、ダウンロード版は操作性に独特の癖があり、慣れるまでに時間がかかります。UIもやや旧来の設計で、直感的に使えるとは言いにくく、細かい部分で分かりづらさを感じる場面がありました。
ただし、青色申告決算書や、医師特有の措置法第26条に関する書類の作成については、このダウンロード版を使用せざるを得ないのが実情です。そのため、実務上は避けて通れないツールといえます。
対応としては、申告直前に初めて触るのではなく、事前にインストールして操作に慣れておくことが重要です。可能であれば前年のデータを参考に入力を試してみるなど、あらかじめ一通りの流れを確認しておくと、実際の申告時の負担は大きく軽減されます。
ソフトに慣れれば、実務自体はそれほど難しくない
e-Taxソフト(ダウンロード版)を使用することを前提に、必要な提出書類を把握し、資料が揃った段階まで進めば、申告の中身自体はそれほど難しいものではありません。必要な情報を正確に入力すれば、(一部を除き)多くの計算は自動で行われるため、作業そのものの難易度は限定的です。
実際に取り組んでみて最もハードルが高いと感じたのは、申告内容そのものではなく、e-Taxソフトの操作に慣れる部分でした。特に最近のきれいなUIに慣れていると、かなり違和感があるデザインです。。
そのうえで、実務上のポイントとしては、提出が必要な書類と不要な書類を整理すること、必要な資料を適切に保管しておくこと、そして日々の帳簿を一定の精度で維持しておくことが挙げられます。これらが整っていれば、確定申告全体の負担は大きく軽減されます。
日頃からの準備
確定申告を自力で行ううえで最も重要なのは、日々の帳簿付けの積み重ねです。診療報酬の記録や消耗品の処理など、日常的な会計処理をこまめに行っておくことで、申告時の負担は大きく軽減されます。実務的には、マネーフォワードでAmazonと連携しておくと、消耗品の購入履歴が自動で取り込まれるだけでなく、領収書も自動で登録されるため、後から証憑を探す手間がほとんどなくなります。この点は実務上かなり有用でした。診療報酬の入力もルーティン化できるため、継続していれば大きな負担にはなりません。
一方で、領収書以外の資料についても日頃から意識して管理しておく必要があります。iDeCoやふるさと納税、住宅ローン控除、医療費、外勤先の源泉徴収票などは、申告時に必ず必要になるためです。特にふるさと納税は複数のサイトを利用すると把握が難しくなるため、簡単な記録を残しておく方が安全です。私自身は管理の手間を減らすために「ふるなび」に集約するようにしていますが、いずれにしても申告時に迷わないよう整理しておくことが重要だと感じています。
さらに、申告年度ごとにフォルダを作成し、関連資料を随時まとめて保管しておくと、直前になって探す必要がなくなり、精神的な負担も軽減されます。
実務的な進め方
私の場合は、これまで税理士に依頼していた際の申告書類が残っていたため、それをベースに数値を置き換えていく形で対応しました。完全に一から作成する必要はなく、ある程度の骨組みがあったことで、全体像を把握しながら進めることができた点は大きかったと感じています。
一方で、必要となる書類は一律ではなく、個々の状況によって大きく異なります。確定申告書や青色申告決算書などの基本的な書類に加え、たとえば措置法第26条を適用する場合の明細書、海外ETFを運用している場合の外国税額控除に関する書類、補助金を受けている場合の総収入金額不算入に関する明細書など、該当する制度に応じて追加の書類が必要になります。このため、自身の状況に応じて何が必要かを見極める必要があります。
さらに、制度変更により前年まで必要だった書類が不要になったり、逆に新たに必要になるケースもあります。これらをすべて個人で網羅的に把握することは容易ではなく、実務上は一定の割り切りも必要になると感じました。
完璧である必要はない
確定申告については、すべてを完璧に仕上げなければならないと考えがちですが、実務上は必ずしもそうではありません。(※これは法人の関連記事でもご紹介する「全力法人税」というソフトにも、前提として書いてあります。)悪意のある脱税はもちろん論外ですが、重大な記載漏れや明らかな誤りがなければ、後から修正や追加提出で対応できるケースも多く、過度に構える必要はないと感じました。実際、不足している書類があれば後日提出を求められることもありますし、内容に修正が必要であれば再提出すれば対応可能です。
一方で、押さえるべきポイントはあります。たとえば措置法第26条を適用する場合など、特定の制度に関わる記載については、あらかじめ確認しておく必要があります。ただし、すべてを事前に把握するのは現実的ではなく、ある程度は手探りで進めながら理解していくことになるのが実情です。
その意味では、初年度だけ税理士に依頼するという選択も現実的です。一度一通りの申告書類を作成してもらうことで、必要な書類や全体の構成が把握でき、それ自体が次年度以降のひな形になります。完全に一から作成する場合と比べて、実務上の負担は大きく軽減されると感じました。
生成AIの活用は大きな助けになる
会計や税務に関する情報は、制度改正の影響を受けやすく、年度によって内容が変わるため、正確な情報にたどり着くこと自体が難しい分野です。その点で、現在はChatGPTやgenimiといった生成AIの存在が大きな助けになります。
もちろん、生成AIも万能ではありませんが、基本的な方向性の確認や、どの項目をどのように記載すべきかといった点については、実務上十分参考になる回答を得られることが多いと感じました。「この書類は必要か」「どこに何を書けばよいか」といった初歩的な疑問を解消するだけでも、作業の進み方は大きく変わります。
さらに、e-Taxソフトのように操作が分かりにくいツールについても、マニュアルを読み込ませたうえで質問することで、より具体的な回答を得られるケースがあります。たとえばChatGPTにPDFを読み込ませる、あるいはVS Code上でClaude Codeを用いて、マニュアルを読み込ませた上で、その内容に基づいた回答に限定して利用するといった使い方は、実務上有効でした。マニュアルを読み込ませたうえで、その内容に基づいて回答するよう条件を限定すると、比較的正確な情報が得られやすい印象があります。
ただし、回答が常に正確であるとは限らないため、最終的な判断は自身で行う必要があります。あくまで補助的なツールとして活用する前提であれば、作業効率を大きく引き上げる手段になると感じています。生成AIの活用方法については、また別の記事で詳しく触れたいと思います。
蛇足ですが生成AIの進化は凄まじい勢いです。今回の例一つでも、税理士の仕事を確実に圧迫しています。もちろん我々医師も無関係ではいられないと思います。恐ろしい世の中です。さらに生成AIを仕事に活用するか否かで、仕事の生産性も圧倒的な差がつくようになっています。本当にここ数年で世の中が変わりましたね。
いくつかの実務的なポイント
個人開業医の確定申告について、すべてを網羅的に説明することは難しいため、ここでは実務上重要と感じたポイントに絞ってお伝えします。
措置法第26条を適用する場合の記載ポイント
措置法第26条を適用する場合は、以下の2点の記載が必要になります。
- 令和◯年分 所得税青色申告決算書(一般用)
右下に「措置法差額 ◯◯円」と記載 - 令和◯年分 所得税及び復興特別所得税の確定申告書
「特例適用条文等」欄に「措法26」と記載
これらの記載がない場合、措置法第26条を適用していることが明確にならず、後日確認の連絡が入る可能性があります。実務上のトラブルを避けるためにも、必ず記載しておく必要があります。
源泉所得税は見落とさないようにする
診療報酬については、社会保険診療報酬支払基金および国保連合会からの入金がありますが、このうち社会保険診療報酬支払基金からの振込時には源泉所得税が差し引かれています。これはすでに前払いされている税金であり、確定申告時に税額控除の対象となるため、必ず反映させる必要があります。
実務上注意が必要なのは、診療報酬の入金時期に2か月のタイムラグがある点です。この影響により、1年分の源泉所得税額を正確に把握するためには、前年3月から当年2月までの入金情報を確認する必要があります。どの期間の入金が当該年度の申告に対応するのかを意識して整理しておかないと、申告時に漏れが生じる可能性があります。
いずれにしても、すでに支払っている税金を適切に控除できるかどうかは最終的な税額に大きく影響するため、日頃から入金と源泉所得税額を対応付けて管理しておくことが重要です。
今回は体験談として
本記事で個人開業医の確定申告について実務をすべて網羅することは現実的ではないため、あくまで一人の体験談として見ていただければと思います。少しでも参考になる部分があれば拾っていただく、という前提で書いています。
正直なところ、やってみた感覚としては、何とかやればできなくはない、というレベルです。私自身の申告も完璧ではないと思いますし、大きな間違いはしていないつもりですが、細かいところでは抜けている部分もあるかもしれません。また、実務量に対して効果が小さいものについては、あえて対応を省略する判断もしました。たとえば一定条件で税額控除が受けられる制度でも、数千円程度の差であれば、追加の書類作成の手間と見合わないと判断してカットしています。このあたりは、ある程度割り切りながら進めるのが現実的だと感じました。
今回の経験からお伝えできるポイントとしては、まずe-Taxソフトのダウンロード版を使わないと実務が進まないという点、そしてダウンロード版だけでは計算が不十分な部分があるため、Web版での検算を併用する必要があるという点です。そのうえで、生成AIを使えば、少なくとも方向性を間違えずに進めることはできると感じました。
開業医でここまで完全に自力で対応しているケースはそれほど多くないと思いますが、日々の帳簿自体は比較的シンプルなので、そこは自分で対応し、確定申告だけを外注するという形も現実的です。実際、確定申告のみであれば一般的には10万〜20万円程度で対応してもらえるケースもあるようですが、医療機関というだけで費用が高く設定されることも少なくありません。このあたりは個別の事情もあり、判断が難しいところです。
その意味では、小規模でシンプルな構造の診療所であれば、コスト見直しの一環として自力での対応を検討する余地はあると感じました。もちろん規模が大きくなれば現実的ではなくなりますが、家族経営に近いような体制であれば、十分に対応可能な範囲だと思います。
一方で、自分でやってみて良かった点としては、経営の数字がかなりクリアに見えるようになったことです。日々の帳簿だけでもある程度は把握しているつもりでしたが、確定申告まで通して行うことで、コスト構造や改善ポイントがより具体的に見えてきました。たとえば水道光熱費が想定以上にかかっていたことや、年間で交通系ICカード(PASMO)の利用額が10万円を超えていたことなど、見落としていた支出もいくつか明確になりました。どこを削るべきか、どこを伸ばすべきかといった判断も、実感を伴ってできるようになります。
コストパフォーマンスだけで見れば評価は分かれるかもしれませんが、一度経験してしまえば翌年以降は繰り返しで対応できる部分が多く、長期的にはコスト削減にもつながります。最近はさまざまなコストが上昇している中で、見直しの選択肢の一つとして、自分で対応するという方法もあるという点を、一つの経験として参考にしていただければと思います。
