クリニックの診療時間や診療曜日を見直すというのは、実際にやってみると想像以上に大きな決断です。私自身、開院から1年ほど経った段階で診療時間と曜日の両方を縮小しました。これから開業される先生の中には、「途中で診療時間を変えるのは難しいのでは」と感じる方も多いと思います。私の経験が、そうした迷いを持つ先生方の参考になればと思い、今回ご紹介してみたいと思います。
最初に申し上げておくことがありまして、今回のテーマは私のクリニックが極小規模なため、わりとスムーズに方向転換できた面があるということです。通常規模、大きい規模のクリニックでは後述しますが、スタッフさんの問題があり、なかなか難しい現実があります。
見直しのきっかけは「家庭」と「体力」と「運営」
診療時間を短縮したり、診療日を減らそうと考えたきっかけは、家庭の時間をもう少し大切にしたいと感じたことでした。開院当初は夜19時まで診療をしており、片付けや締め作業を終えるとどんなに急いでも帰宅は20時近くになります。そうなると家のことが回らなくなり、家族との時間も確実に減っていきました。当時は「とにかく頑張らなければ」という思いで突っ走っており、いわばアドレナリン全開で動いていたような時期でした。
ちょうどコロナ禍とも重なり、患者さんが多い時期が続いていたのはありがたい反面、社会的にも混乱があり、心身ともに大きな負荷がかかっていたと思います。その頃、体調も崩しかけ、自分の体力や健康状態を冷静に見つめ直したとき、「このままではいずれ確実に身体を壊す」と感じるようになりました。
また、夜の診療では、日によっては患者さんがほとんど来ないことも少なくありませんでした。その結果待機時間が長く、結果的に無駄な時間が生じていました。診療をせず「開けている」だけでも気を張り続ける必要があり、これが意外に精神的な負担になります。実際に働いてみると、時間を延ばすほど成果が上がるわけではなく、むしろ効率やパフォーマンスが下がる面もあるのだと感じました。こうした「時間の使い方」や「働き方のバランス」に違和感を覚えたことも診療時間を見直そうというきっかけになりました。
思い切った時間短縮と曜日削減
最終的に、私は思い切って診療時間を8時間から5時間に大幅に短縮し、隔週で開けていた曜日も閉じることにしました。週2日の完全な休みを確保したのは、開院からちょうど1年の頃です。正直、かなり勇気のいる決断でしたが、自分と家族の健康を考えたときに、これは必要な選択だと判断しました。もちろん、診療時間を減らした分、収益が減ることは避けられません。しかし、実際には当初想定していたほどの減少はなく、むしろ工夫次第である程度の水準を維持することができました。
診療時間を減らしても収益を保つ工夫
その工夫の一つが予約枠の見直しです。開院当初は余裕を持って設定していましたが、診療時間を短くする分、予約の取り方を最適化する必要がありました。完全予約制に切り替え、1日の流れをより効率的に組み直すことで、短時間でもしっかり診療できる体制を整えました。同時に、電子カルテや予約システムの改善、キャッシュレス決済の普及なども追い風になり、診療時間を減らしても患者数をある程度は維持することができたのです。こうした工夫は、限られた時間の中でいかに密度の高い診療を行うかという観点で、とても意味がありました。
家族の時間と健康を取り戻す
診療時間を短縮したことで、私自身と家族の生活は大きく変わりました。夕食前に帰宅できるようになり、家族と過ごす時間が確実に増えました。休診日が週2日になったことで心身の余裕も生まれ、診療に向かう集中力がむしろ上がったと感じます。1日5時間の診療であれば、終業後も体力が残り、以前のように消耗しきることがなくなりました。医師としてだけでなく、一人の人間としての健康や生活の質を考えたとき、これは非常に良い方向転換だったと思います。
離れていく患者さんへの理解
もちろん、夜に受診されていた患者さんの中には来られなくなった方もいらっしゃいました。診療時間の変更については事前に丁寧に説明しましたが、それでも物理的に通えなくなる方が出るのは避けられませんでした。すべてを維持することはできません。何かを得るためには、何かを手放さなければならない。これは経営全般に通じる現実だと思います。
開院後に変える勇気
クリニックを開業してから診療時間や曜日を変更するのは、たしかに簡単ではありません。しかし、必要であれば柔軟に見直すべきだと思います。開院前の段階では、診療時間の需要を正確に読み切ることは難しく、実際に始めてみて初めて見えることが多くあります。「思ったより患者さんが来ない時間帯」「意外に混み合う曜日」など、実際にやってみなければわからないことばかりです。大切なのは、状況を見ながら修正していく姿勢だと思います。完璧な計画を立ててから動くことよりも、開業後に柔軟に対応していくことの方が現実的です。
仕事と健康のバランス
仕事と家庭のバランスを取るというのは、言うほど簡単なことではありません。特に開業直後は、どうしても仕事中心の生活になりがちです。自分の名前で看板を掲げる以上、責任も重くなりますし、「頑張らなければ」という気持ちが常につきまといます。ただ、長期的に考えると、仕事ばかりに偏ってしまうのは決して良いことではないと思います。どこかの段階で、家庭や健康とのバランスを取る必要があると、私は経験上感じました。
たとえ仕事が非常に順調でも、家庭をおろそかにして、家族との関係が悪くなってしまえばば幸せな人生とはいえないと思います。健康についても同じです。どれだけ成功しているクリニックであっても、院長である先生が体を壊してしまえば診療を続けることはできません。先生には今更のことですが、自分自身の健康を守ることを後回しにしてはいけないと感じます。(これは本当に大事だと思います)
大切なことは、「焦らない」ということだと思います。経営も人生も、短距離走ではなく長距離走です。焦って結果を求めるより、長期的な視野で少しずつ積み上げていく方が、良い結果につながりやすいと思います。長く続けるためには、自分と家族、そして仕事との関係を無理のないバランスで保つことが何よりも大切だと思います。
縮小に伴う職員の問題
スタッフが多い場合には、診療時間や曜日を変更するのはやはり難しいものです。私が比較的スムーズに変更できたのは、スタッフがいなかったことが大きかったと思います。家族経営だったため、家族に事情を説明すれば理解してもらえましたし、その分動きやすかったという背景があります。規模の大きなクリニックの先生が診療時間を短縮したり、診療日を減らしたりするとなると、職員の勤務時間や給与の問題が必ず生じます。診療時間を短縮すれば給与が減る、そうした調整が必要になりますから、規模の大きいクリニックほど途中で変更するのは難しく、慎重な判断と長期的な準備が必要になるでしょう。
この点が非常に難しい部分だと思います。スタッフを多く抱える先生ほど、診療体制を途中で転換するのは容易ではありません。場合によってはスタッフの勤務を減らしたり、場合によっては退職してもらう選択が必要になったりすることもあり、経営判断としても重い決断になります。場合によっては退職をお願いするケースも出てきますが、「経営上の都合で辞めてほしい」と伝えるのは、法律的にも心理的にも簡単なことではありません。有期契約のパート職員であれば、更新時に契約を見直すことは可能ですが、常勤スタッフの場合には現実的には難しい対応になります。
診療時間は最初にどうするか?
診療時間を、最初に短めに設定しておいて後から広げるほうが良いか、長めに設定しておいて後から縮める方はよいのかという問題は非常に難しい問題です。
前者は患者さんへの問題は起こりませんが、職員の労働力を確保できるかという問題があります。後者は既存の患者さんで通えなくなる方が見えるでしょうし、職員の労働時間の短縮や、人員整理が必要になります。どちらも難しいですが、私の個人的な意見では後者の方が難易度が高いように思います。労働時間が短縮することにより職員の給与が減るということは、なかなか受け入れられにくいことですし、人員整理は労働者の権利の方が強いので、経営者にとってはなかなか厳しい現実があります。
しかしここで難しい実務上の問題があり、それは実際に診療を開けてみないと、見えてこない部分も多いのという現実があることです。最初からあまり短い診療時間、絞った営業日にしてしまうと、その地域で、どの時間帯に患者さんが多く来院されるのかが把握できず、潜在的な集患ニーズを逃すおそれもあります。ほんの1時間の時間差で年間収益が大きく変わることもあり、これは非常に難しいのです。
対策について
ミニマム開業の場合
ミニマム開業の場合は、最初は家族経営で始めてみるというのも一つの選択肢です。家族であれば、診療時間が多少減っても柔軟に対応できますし、経営の試行錯誤もしやすいです。最初はあえてスタッフを雇わずに家族で回してみて、ある程度運営の勝手がわかってきた段階で本格的にスタッフを採用する。そうした段階的なアプローチのほうが安全かもしれません。
中規模以上の開業の場合
中規模以上の開業で、後に営業時間や診療日を変更する可能性を少しでも考えている場合の対策を想定します。こちらの中規模以上の開業の場合は、開業初期では常勤職員を最小限にとどめておき、最初は有期契約の非常勤職員中心で運営することが一つ考えらます。パート職員の場合であれば、半年ごとの契約更新にしておき、将来的な体制変更にも対応できるようにしておくことが可能です。有期契約は更新ごとに書類の手間が多少かかりますが、その手間を惜しまず、万一の方向転換に備えておくことがリスクマネジメントになります。
常勤職員については急な変更はやはり難しいと思われ、診療時間、診療日を縮小したとしても、他の業務をお願いするなどして給与水準を維持する対応が必要になるケースもあると思います。しかし人数を最小限に留めれば影響も抑えられるという考え方です。
診療時間、診療日がほぼ固まった時点で、非常勤職員も常勤雇用に移行するなどで、時間をかけて徐々にクリニックの体制基盤を構築するという考え方です
もちろんこちらも一長一短で、そもそも非常勤の募集で人員を確保できるのか等、問題は多くあります。今回は診療縮小を第一に念頭においた対策ですが、スタッフの問題は他の変数が無数に絡むのでここではこの辺でとどめます。
患者さんの問題
一方で、患者さんへの影響という面で考えると、診療体制を縮小するよりも拡大するほうが、心理的にも運営上もはるかに楽です。診療時間を延ばしたり、曜日を増やしたりすること自体には、患者さんには基本的にデメリットはありません。むしろ柔軟に対応できる範囲が広がるだけです。
ただし、診療を縮小する場合はそうはいきません。固定の患者さんの一部は、どうしても来院できなくなってしまう可能性があります。その点は、経営的にも精神的にも非常に悩ましい判断になると思います。最終的には、メリットとデメリットを冷静に天秤にかけながら決断するしかないのだと感じます。
資産形成は「時間を味方に」
少し話は変わりますが、資産形成の世界でも、焦らず時間を味方につけることで難易度が大きく変わります。今回は具体例を出して考えてみたいと思います。
仮に一億円を目標に貯めるとして、初期投資500万円、年利5%で運用した場合、月額いくら積立に必要かを計算すると以下のようになります。
| 積立期間 | 月額の目安 |
|---|---|
| 5年 | 約138万円 |
| 10年 | 約60万円 |
| 15年 | 約34万円 |
| 20年 | 約21万円 |
| 25年 | 約14万円 |
| 30年 | 約10万円 |
これはこちらのサイトでいろいろなパターンでシュミレートできますので参考にしてください。(参考:投資信託協会「資産運用シミュレーション」)
必要な月額の積立額は、当然ですが長い時間をかければ軽減されます。しかも時間をかけるほど複利が効いてくるため、よりラクになります。
上記の表のように、たとえば、10年で1億円をためようとすると、月額60万円ずつ積立なければならず、かなり難易度が高くなります。しかしたった5年長くして、15年のプランにするだけで月額34万円に軽減されます。20年なら21万円で、これなら少し成功したクリニックであれば、現実的に、しかも過度の負担なく実現できるのではないかと思います。
時間をかけることができれば、資産形成の難易度は下がり、月々の先生の負担も減ります。短期間で大きく稼ごうと無理をすればどこかに歪みが出ますが、時間をかければ、最終的には自然に積み上がっていきます。先生が引退時にこれだけの資産があれば、年金もあるので、少なくとも生活に困ることはないと思います。
意外な落とし穴、看板の変更
最後に実務的な話をすると、診療時間を変更する場合は看板の修正も必要になります。これが意外に費用がかかり、私のところでは10万円ほどかかりました。部分的に貼り替える方法もありましたが、今後しばらく使うことを考え、開業時にお願いした業者に依頼して全面的に作り直しました。パッチワークになるとやや寂しいですし、きれいに整えた方が気持ちよく働けます。
